テクストの危うさや錯誤までをも読み解く、熊野純彦『和辻哲郎――文人哲学者の軌跡』岩波新書

熊野純彦『和辻哲郎――文人哲学者の軌跡』岩波新書、2009年

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 多産な熊野純彦氏の最新著。近年岩波文庫に入った和辻哲郎『倫理学(全四分冊)』に書かれた「解説」をベースにしつつ、しかし事実には書き下ろしに近い和辻哲郎についてのモノグラフ。

 僕は学生時代には、世代的にも必然的なのかもしれないけれども、米谷正匡氏や高橋哲哉氏や酒井直樹氏や港道隆氏の「批判的和辻論」を熱心に読んだ。現代思想がナショナリズム批判を盛んにしていた時代でもあり、当然和辻の「日本回帰」は徹底的に分析され批判に晒された。しかし、もちろんそうした錚々たる研究者らがこぞって取り組むほどに、和辻は偉大な哲学者であったということの証左でもある。

 そして僕自身、そうした和辻批判をを読んだ上でなお、その批判対象として論ぜられる和辻の大きさに魅せられ、和辻全集を買いそろえもした。

 熊野さんのこの新刊の和辻論も、上記の和辻批判をおさえている。参考文献に挙がっているだけでなく、本文の要所において論及し、一定の同意も示している。しかし、ナショナリストとして切って捨てることはしない。いや、上記の論者たちも切り捨ててはけっしていないのだ。だが熊野さんはそれ以上に、丁寧に汲み取ろうとしている。いかにも熊野さんらしいテクストの捌き方、いや触り方だ。本書の随所にそうした手触りが読み取れる。

 本書の最後のページから。
 和辻の作品の魅力は、その錯誤と分かちがたい。煌めく散文の美のあいまで、立ちどまるべきことがらのいくつかが忘れられ、過ぎ去られてしまうこともある。和辻の著作は、そして最後まで、そのような魅惑を失わず、他方ではそうした危険から逃れることもなかったといってよい。


 廣松渉、エマニュエル・レヴィナスなど、「哲学者」の全貌をテクストとして丁寧に読み解くスタイルには、ときに異論を覚えつつも、しかし多くを教えられてきた。そして今度も、しばらく読み返すこともなかった和辻の全体像について、あらためていろいろなことを気づかされた。そして、当面その時間はもてそうにないけれども、和辻を読みたくなった。けれども、この新書のおかげで、いつかはと強く思った。まずは、この新書を再読することでがまんしよう。

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和辻哲郎―文人哲学者の軌跡 (岩波新書 新赤版 1206)
岩波書店
熊野 純彦

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