スペイン語圏文化・文学研究から紡ぎだす「もう一つの言説実践」――杉浦勉『霊と女たち』

杉浦勉、『霊と女たち』、インスクリプト、2009年

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 本書は、一年前に急逝されたスペイン語圏文化研究者、杉浦勉氏の死後編集の論文集だ。
 死後編集でありながら、慕っていた友人らが、いかにも遺稿集という形にせずに、一冊の完結した書物として編纂されている。この編集方針は、梅木達郎『支配なき公共性』(洛北出版)を彷彿とさせる。
 実際、僕個人にとっては、こういう死後編集・刊行の一書というのは、この梅木さんの体験も手伝って、少し過剰な思い入れを喚起させられてしまう。中断されてしまった思考が、そのまま投げ出されているがゆえに、想像も含めて多くの読みの可能性が開かれてしまっているという逆説的なチャンス。しかし同時に、遂げられなかった思索のプロセスに滲む慚愧の念。これらがないまぜになっている。

 僕は生前の杉浦氏との面識はない。ただ多くの知人らがお世話になり、また慕っていたことは聞かされていた。そして、彼の論考と翻訳は少しばかり読んではいた。その程度の接点なので、梅木さんや村山さんのときのように、ことさらに追悼的な言葉を連ねようとは思わない。
 けれども、やはり乗っている研究者がそこで仕事を途絶させられてしまったことについては、本当に残念なことだと思う。

 それでも本書は、「霊と女たち」というタイトルで書きためられてきた『未来』連載の雑誌をもとにして、いずれ単行本にまとめる計画はあったという。
 それを読むと、実は自分にもっとも欠けている要素が本書の随所に散りばめられていることに気がつかされる。なんと言っても、「霊」と「女たち」なわけだから。
【オビ文より】
スペイン異端審問時代の神秘体験から20世紀メキシコ/アメリカ国境の民衆信仰まで、霊的な経験のなかで生と世界とをつなぐ知を紡いでいた女性たち。幻視する彼女たちの語りを、バタイユ、ラカン、イリガライ、フーコーらの所論、そしてチカーナ・フェミニズムの言説/実践と読み合わせながら、霊性とセクシュアリティとポリティクスとを切り結ばせる。一つの海と七つの世紀を越えて呼び覚ます、女たちによる知と主体の系譜学。

 それにしても、、、亡くなる直前に、なぜこうも死を黙示するかのようなテクストが書かれるのか。杉浦氏の「霊」、村山氏の「死者」、梅木氏の「喪」、、、
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