10年以上の時を経て、原点としての――李静和『つぶやきの政治思想』

李静和『つぶやきの政治思想――求められるまなざし・かなしみへの、そして秘められたものへの』青土社、1998年

李静和『求めの政治学――言葉・這い舞う島』岩波書店、2004年


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 このかん紹介して来た李静和(編)『残傷の音』の序文と『スピヴァク、日本で語る』における李静和さんの応答。
 これらは、「つぶやきの政治思想」への10年の時を経た自己引用だと書いた。

 「つぶやきの政治思想」の初出は1997年。それを含む単行本化は1998年。それから10年と少しの時間が流れている。

 雑誌初出時に、単行本刊行時に、大きな衝撃を与えた「つぶやき」は、なおも徐々に広がり、またずっと前に受け取った人のなかでも響きつづけている。そのことが、『残傷の音』などに示されている。

 かく言う僕も、1997年の初出時に決定的な衝撃と影響を受けた一人だ。
 90年代、僕は学部生・院生として、仙台の東北大学で哲学思想の研究をするかたわら、宮城県の女川に住む元「従軍慰安婦」宋神道さんの裁判支援運動にも関わっていた。90年代は、「戦後50年」をめぐって記憶と忘却との闘いがピークにあり、また愛国心/ナショナリズムをめぐる論争も激しかった。
 そうしたなかで、日本国内在住者としては唯一実名で、日本の責任を問う裁判をしていたのが宋神道さんだった。たまたま同じ宮城県に住んでいた僕は、彼女の証言集会に何度か行くことができたし、また宮城での支援運動にも関わることができた。東京地裁・高裁での傍聴支援と裁判所前でのデモやチラシまきにも継続的に参加してきた。

 しかし、それと思想研究はどう切り結ぶことができるのか。多くはないがしかし少なからずの人文学者らが「慰安婦」をめぐる戦争責任と戦後責任・歴史認識にかんして、積極的に発言をおこなっていたし、大きな論争もいくつかあった。ひどい発言もあったし、深く誠実なものもあった。
 だけれども、どこか言葉だけが上滑りしていく違和感をつねに抱きつづけていた。
 他方で、裁判支援運動のほうでも、それを担っている人びとの圧倒的な情熱と正義に最大限の経緯を払いつつ、しかし少なからずの疑念があった。「在日の元慰安婦の裁判を支える会」という名前で運動体があったが、実際には、裁判実務を担当している「東京の支える会」と、宋さんの宮城県での生活を支える「宮城の支える会」の二つがあったが、協力関係にあるその二つの団体はいつからか仲が悪くなっていた。双方の細かな言い分まではここでは書けないけれども、その対立・いがみ合いの根源は、単純化すると、宋神道さんというたった一人の証言者の庇護者としての正当性をどちらが握っているのか、端的に宋さんを独占したい欲望の争いに見えた。

 ともあれ、こうした、研究と運動のあいだで揺れ、行き詰まっていたときに、あまりにも絶妙のタイミングで出会った文章が、「つぶやきの政治思想」(1997年)であった。宋神道さんの、元「慰安婦」の生と寄り添うことのできる言葉に初めて出会えた気がした。つまり具体性と抽象性との両方を兼ね備えた言葉であり、研究者にも運動家にも響く言葉。
 その衝撃に打たれて、一つの研究報告を書いた。修士一年のときだった。その翌年には、その論文の続編として、修論を書いた。それは「「従軍慰安婦」問題における暴力のエコノミー」として『現代思想』(1999年6月号)に掲載された。しかしそれは、後編のようなもので、実は「つぶやきの政治思想」に衝撃を受けて書いたものが前編だった。

 『残傷の音』が出た機会に、また『異郷の日本語』が出た機会に、あらためて『つぶやきの政治思想』を読み返してみる。あれから10年と少しの時間が流れている。長いし短い。良くも悪くも、自分の内外で変化したものもあるし、良くも悪くも、変わらないものもある。いまは、ちょうどそれを自省する時期なのか、自省はいつも必要だけれども、意識的に立ち止まって考える時期なのか、と思う。
【『つぶやきの政治思想』:目次】

(ひとつ)
つぶやきの政治思想 求められるまなざし・かなしみへの、そして秘められたものへの
遠い島の友へ…… 尹東柱「たやすく書かれた詩」
友人はみな"軍人"だった

(ふたつ)
記憶と表現 嶋田美子との対話

(ひとつ)
ある「まなざし」の経験 鵜飼哲による応答
忘却は蘇るか 金石範による応答


   *   *   *

 そしてもう一冊。
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 この10年と少しの時間の中間に出された李静和さんの対話の本。『求めの政治学――言葉・這い舞う島』(岩波書店、2004年)。オビの言葉:「伝わらない、届かない、至らない、語れない、求めとしてしか残らない、サバルタンの領域へ」。
 その後に実現するスピヴァクとの対話(『スピヴァク、日本で語る』)は、『つぶやきの政治思想』とそしてこの『求めの政治学』の稀有な対話者である鵜飼哲氏によるコーディネートでの実現だけれども、やはり必然的な出会いだったのかと思う。
【『求めの政治学』目次】
それはフケのせいなのよ
においを伝える言葉、そして言葉なき人びと(対話者 鵜飼哲)
求めの政治学――東アジアの近代と現在をめぐって(対話者 鵜飼哲)
難民・船・タンパから見つめる世界(聞き手 岡本厚)
影の言葉を求めて……――いまだ幽冥の場所から
あなたへ 島
The Scurf... If There Ever Was a Reason (tr. by Kyoo E. Lee)
Viewing the World from the Tampa : Tessa Morris-Suzuki


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