変貌する中国を少しでも知るためにーー『現代思想』総特集「チベット騒乱」

『現代思想』臨時増刊号「総特集 チベット騒乱ーー中国の衝撃」

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 8月のオリンピックも終わり、9月に入って、オリンピック前のチベットでの出来事は、日本社会のなかからは忘却されていくのだろうか。一部の人びとがいつものように、中国の人権問題、少数民族抑圧を指弾して終わるのか。
 そんなとき、『現代思想』は毎度、立ち止まって考えさせ、多様な視点を与えてくれる、そういう特集を迅速に組んでくれる。2002年の「総特集 日朝関係」や「総特集 思想としてのパレスチナ」、03年の「総特集 イラク戦争」、06年の「総特集 フランス暴動」や5月号の「特集 イスラームと世界」、などは本当にタイムリーであった。
 そして今度の総特集企画。

 日本のマジョリティは、オリンピックは観ていても、熱中したり粗捜しをしても、中国社会そのものについては、いっこうに知ろうとしないのだなぁと思う。あいかわらず、共産党国家はわけがわからんと、異物視して通り過ぎていくのだ。
 そうならないためにも、まずはこの一冊を少しずつでも読んだらどうだろうか、と周囲に紹介しているところ。

 まず全体的な問題の所在や焦点を確認するためには、丸川哲史氏の「現代中国周辺問題の基本構造ーーチベットと台湾の間から」および孫歌氏の「「総合社会」 中国に向き合うために」から入るのがいいのではないか。いずれも、多層的な中国社会を、政治・軍事・経済・民族・国際関係、などなどの次元から問題を提示している。単純化させることなく、しかし明晰であり、まずこの問題を考えるうえでの必読基本論文と言える。
 民族問題として焦点を当てた場合に、最重要論考と思われるのが、汪暉氏の「オリエンタリズム、民族区域自治、そして尊厳ある政治」だ。ヨーロッパ思想にも精通した汪氏が、ヨーロッパによる歪んだチベット認識や、近代世界の植民地主義や国民国家によって中国に導入された民族問題から論を進め、チベット社会内部の問題へと切り込んでいっている。重厚な論考だ。
 出色なのは、人権を切り口とした二つの論考、アフリカ文学研究者の粟飯原文子氏による「人権主義・人道主義の甘い罠ーーチベットからダルフールまで」と、作家の山口泉氏による「人権の彼方へーー二〇〇八年 『世界人権制限宣言』制定会議基調報告」だ。アメリカが振りかざすような仕方で、人権でもって中国を弾劾するのとはまったく違う視点から論じている。ここで要約はできないが、ひじょうに刺激的な文章であった。

 ともあれ、この特集号を読んで、私たちは本当に中国社会を知らないということがよくわかった。つまり、普段の新聞やニュースに接しているだけでは、単純なステレオタイプによる偏見は強化されこそすれ、何も理解など深まりはしないのだ。
 月並みなことではあるが、まずは知ること。そのために本特集号を。


【目次】

【チベット問題とは何か】
モダニティというユートピアとの戦争 / パンカジ・ミシュラ
中国はいかにして宗教を獲得したか / スラヴォイ・ジジェク
地上の楽園(シャングリラ)は(いら)ない / スラヴォイ・ジジェク
方法としてのチベット / 土佐弘之

【チベット騒乱】
チベット問題と中国の近現代 克服されるべき問題点 / 平野聡
格差社会の現状 / 清水美和

【中国の衝撃】
「総合社会」 中国に向き合うために / 孫歌
現代中国周辺問題の基本構造 チベットと台湾の間から / 丸川哲史
貧者が造反する有理と無理 豆腐滓・冬蟲夏草・打擲 / 長原豊
震災経験の〈拡張〉に向けて / 友常勉

【人権】
人権主義・人道主義の甘い罠 チベットからダルフールまで / 粟飯原文子
人権の彼方へ 二〇〇八年 『世界人権制限宣言』 制定会議基調報告 / 山口泉

【民族問題】
オリエンタリズム、民族区域自治、そして尊厳ある政治 / 汪暉
「中原」 への回帰と乖離 中国社会の混淆性の問題について / 羽根次郎