越境する知識人、マサオ・ミヨシのインタヴュー、『抵抗の場へ』

マサオ・ミヨシ、吉本光宏、『抵抗の場へ――あらゆる境界を越えるために マサオ・ミヨシ自らを語る』、洛北出版、2007年

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 前回取り上げた坂口尚『石の花』で、ふと本書を思い出した。
 「石の花」というのは、この壮大な漫画の冒頭と結末で描かれる、何百年もかかって育った巨大な鍾乳石の石柱のことだ。表面にある無数の突起が石でできた花のように見える。
 地上の俗世では、戦時だろうか平時だろうが、正義の名のもとに人が人を差別し殺している。「石の花」はそうした俗世を超越した存在を象徴しているようにも読めた。実際、最後の最後のシーンで、主人公の上空から眺める視線は、どんどん上昇しパースペクティヴを引いて、雲の上、ユーゴスラヴィアを、バルカン半島を、ユーラシア大陸をと、射程を広げて、地球全体をコマに収めるに至る。まるで、「惑星の思考」を示唆するように。

 本書『抵抗の場へ』は、日本からアメリカに移住し、その「あいだ」で幅広い批評を展開しているマサオ・ミヨシのインタヴュー集である。日本語で読める著書としては、『オフ・センター――日米摩擦の権力・文化構造』(平凡社)が知られている。ノーム・チョムスキーやエドワード・サイードとの親交も深い。
 本書でミヨシは、日本から移住した経緯、戦争体験や、戦後責任・戦後民主主義の問い、反戦運動やニヒリズムへの直面、そして知識人としての自覚からその訣別といった、人生と思考のプロセスを赤裸裸に語っている。その基底をなすのが、絶えざる移動と越境だ。物理的・地理的な移動もあるし、大学制度や研究分野での移動・越境もある。つねに批判的姿勢を欠かさないからだ。
 そうした観点から、本書は第5部までは素直に読めたし、共感する部分も多かった。
 第1部 疑わしき起源
 第2部 戦争と抵抗
 第3部 絶えざる移動と批判
 第4部 抵抗の場へ、あらゆる境界を越えるために
 第5部 批判の自由
(詳細目次は、洛北出版サイトへ)

 だが、第6部「新たなエコロジーに向かって」になると、そのパースペクティヴが「惑星」にまで拡大されているのが、やや唐突に感じられた。地球環境への配慮という観点から「惑星主義」を唱えているのだ。
 もちろん最後の最後で、国民国家批判と抵抗の問題が再度焦点化されてはいるのだが、私個人としては、途中の惑星主義のところに戸惑いを覚えた。極限的な倫理を思考するには、おそらく惑星的観点というのは(部分的であれ)必要なのだろうと思う。「石の花」のときにも、狭いナショナリズムから普遍主義へ、そして人知を越えた倫理へというベクトルを感じた。それで本書を思い出した。

 しかし、まだ私には「惑星主義」までは行けなさそうな気がする。1928年生まれで、越境を重ねて齢80にならんとするミヨシだからこその境地であるようにも思える。ワカゾーの私は、まだまだ地上で這いずり回っていなくてはと思った。達観できるだけの挑戦や試行錯誤もしていない。私の周りはまだ越境できない壁だらけだ。

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