「慰安婦」問題と「私たちの責任」について多角的に再考するーー論集『歴史と責任』(金富子・中野敏男)

金富子/中野敏男【編著】、『歴史と責任ーー「慰安婦」問題と一九九〇年代』、青弓社、2008年

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 日本軍による「慰安婦」問題は、いったい何を現代社会に問うているのでしょうか。
 冷戦イデオロギーや、払拭しきれない男性中心主義などによって、封印・黙殺されてきた「慰安婦」の存在が、ようやく公然と語られるようになった1990年代。「戦後50年」が叫ばれるなか、むしろ半世紀にもわたって、日本の社会が、戦後責任をいかに問わずに過ごしてきたのかが、露呈しました。
 でも、それから十数年。問題はなお解決していません。解決していないからこそ、「和解」が不自然に演出されるのです。

 さて、そうしたなかで出されたこの論集。18本の論考と8本のコラム、そして年表、ブックガイド、歴史的談話・決議などの資料。A5版420ページで、2800円。ぜひ広く買っていただき、手元に置きながら、必要や関心に応じて読み進めてたい一冊だと思います。
 執筆陣・目次の詳細は、青弓社の図書目録から。

 第一章もあらためて確認すべき重要なことではありますが、とくに第二章・第三章で補足されているコンテクストは、本書の特徴だと思います。東アジアだけでなく、南ア、ドイツ、フランス、アメリカなどから見ること、あるいはそれらの地域における植民地支配や戦後補償などと比較すること。そうした作業を経て、日本軍「慰安婦」問題が、いかに普遍的課題として位置づけられつつも、特殊日本社会の問題としても考えられるべきなのかが、徐々に見えてくると思います。

 なお私自身も、90年代の末に、「慰安婦」問題を思想史的に論じたことがあります。
 早尾貴紀、「「従軍慰安婦」問題における暴力のエコノミー」、『現代思想』1999年6月号所収。
 自分は「慰安婦」問題や日本軍問題の専門家ではないものの、一人の「日本人」として、この問題を自分の領域(哲学・思想)から受け止め論じるべきではないかと考え、その時点で考えうることをギリギリまで突き詰めたつもりです。だいぶ若気の至りで書いてしまった部分もありますが。

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