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zoom RSS イラン・パペ、ガザを語る――1948年から見直すガザ攻撃

<<   作成日時 : 2009/01/15 16:11   >>

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イラン・パペ『イラン・パペ、パレスチナを語る
 ――「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ』
  (ミーダーン編訳、柘植書房新社、2008年)


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 イスラエルの反シオニストの歴史家で、二年前に来日し、重要な講演をしていったイラン・パペ(Ilan Pappe)。
 パペは歴史家としての立場から、折々にパレスチナ/イスラエル問題に対して介入的な発言をしてきましたが、このガザ攻撃についても、いくつかの文章を書いています。
 そのうちの一つを翻訳しました。
 パレスチナ情報センター(Hot Topics)、イラン・パペ「まず彼らを柵で囲い込み、そして、、、」(原文は、"First you fence them in, then..."/のちに改題"Dummy or Real" in Rondon Leview of Books (Online Only), 14 Jan. 2009)。
 そこでパペ氏は、建国期から続く一貫したイスラエルによるパレスチナ人の「非人間化」が背景にあることを強調します。

 実際、今度のガザ攻撃を、どういうスパンで考えるかは重要な問題です。12月19日の停戦期限切れから語るのは(「停戦の行更新を拒否したハマスが悪い」など)、もう論外。
 一つには、ハマスがパレスチナ議会選挙で勝利した3年前の2006年1月から見ること。これについては、情報センターのStaff Note「06年1月ハマス政権発足からの3年間のガザを振り返る――ガザ侵攻の真意は最初から明白だ」で示唆しました。すでに露骨な攻撃・侵攻はこの時点からあったのです。
 次に、オスロ合意の1993年から見る視点。オスロの「暫定自治」の名目で始まった、占領地住民の排除・封鎖(イスラエル側への出稼ぎ労働の制限)。実際、ガザ地区をフェンスで恒久的に囲い込むというのは93年からの動きです。
 さらに遡れば、87年の第一次インティファーダ。これが締め出しの転機であり、囲い込みの一歩はインティファーダのあおりをうけた91年だったと言われます。93年はその延長線上。
 ちなみに、今週発売の『週刊金曜日』に、この87年と93年から今度のガザ攻撃を読み直す、という記事を書きました。

 もちろん、1967年の第三次中東戦争によって、ガザ地区も含めたパレスチナ全体がイスラエルに占領されましたので、パペ氏も言うように、67年は大きな転換点です。
 しかし、何よりも重大なのは、そもそもガザ地区に難民が押し込まれることとなった起源としての1948年のイスラエル建国と第一次中東戦争。これがあるからこそ、いまのガザ地区がある。パペ氏の最も専門とするのが、この48年のイスラエル建国=民族浄化論。パペ氏からすれば、民族浄化のプロセスはそれから60年以上継続していることになります。継続する民族浄化として現在のガザ攻撃を見ることも必要でしょう。

 もっと遡ることも可能でしょうけれども(パペ氏も言及する1936年/シオニズム運動の1900年前後、など)、ともあれ、歴史を知れば、「報復合戦」とか「停戦延長拒否」なんて話にはならないはずだということを、強調しなければならないと思います。
 本書『イラン・パペ、パレスチナを語る――「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ』は、そのための重要な示唆を与えてくれる本です。

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