早尾貴紀:本のことなど

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zoom RSS ユダヤ人と宗教と国家をめぐる広範な論集『ユダヤ人と国民国家』

<<   作成日時 : 2008/10/28 01:23   >>

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市川裕、臼杵陽、大塚和夫、手島勲矢(編)『ユダヤ人と国民国家――「政教分離」を再考する』岩波書店、2008年

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 本書は、古代から現代にいたるまで、それぞれの専門家がそれぞれの切り口で、ユダヤ人/ユダヤ教、と、民族/国家との関係をかなり広く考察したもの。なので、狭い意味で、現代の「国民国家」や「政教分離」との関係に縛られたものではない。逆に、タイトルからそういうものと思い込んで手にとると、予期したものとズレを感じるかもしれない。
 したがって、このタイトルは、拙著(早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ――民族/国民のアポリア』青土社、2008年)とテーマが重なるようにも見えるが、拙著がイスラエル建国という出来事をめぐる思想家の論争に焦点を絞っているのに対して、この論集のそうそうたる執筆陣のカバーする範囲は地理的・歴史的に広大で、当然ながらまったく性質の異なる書物である。相補的に読んでいただけるとありがたい。手前味噌で失礼。

 この論集に収録されているのは13本の論考。

プロローグ
第一章 市川裕 宗教学から見た近代ユダヤ人のアイデンティティ
第二章 臼杵陽 イスラエルの政教分離とユダヤ・アイデンティティ
第一部 破門と異端
第一章 池田裕 「ヘブライ」と「イスラエル」
        ――聖書のアイデンティティ
第二章 手島勲矢 ユダヤ教と政治アイデンティティ
        ――「第二神殿時代」研究の基礎的問題群から
第三章 佐藤研 「キリスト教」というアイデンティティ
第四章 高木久夫 ユダヤ思想における信仰と哲学の分離の端緒
        ――スピノザからの遡行
第五章 羽田功 シナゴーガとエクレシア
第二部 政治と宗教の分離
第一章 後藤正英 モーゼス・メンデルスゾーンと政教分離
第二章 高尾千津子 ロシア革命とユダヤ・アイデンティティ
第三章 長田浩彰 ナチ政権とユダヤ・アイデンティティ
第四章 菅野賢治 フランスユダヤ人の困惑
        ――「ライシテ」への挑戦
第五章 赤尾光春 イスラエルにおける捕囚
    ――ユダヤ教超正統派と反シオニスト・イデオロギーの変容
エピローグ
    大塚和夫 「ユダヤ教徒」と「ユダヤ人」の差異をめぐって

 どれもそれぞれに啓蒙的だったり刺激的だったりして、通読する必要は必ずしもないが(各論は完全に独立した論考である)、しかし通読すると、古代から現代にいたる各地のさまざまな時代局面において、「ユダヤ人/ユダヤ教」が国家や民族とどのように対峙し、変容を遂げてきたのかの、大きなイメージを得ることができる。
 また、網羅的とまでは言わなくとも、典型的あるいは特徴的な問題を各論者がそれぞれの専門領域から切り出しており、何が争点となってきたのかということを知ることもできる。ひじょうに有用な一冊だと思う。

   *   *   *

 そのうえで、私自身の関心から、いくつかの論考に対して感想を少々。
 友人の論考だから言うわけではけっしてなく、赤尾光春氏の「イスラエルにおける捕囚」は傑作。読んでいて、超正統派のあるグループの意固地なまでの反シオニスト闘争には、思わず笑いを誘われる。ユダヤ教と現代イスラエル国家との錯綜した関係を、ここまで詳細に描いた論考はそう読めるものではない。
 同じく、現代イスラエル国家の矛盾を突くという点では、臼杵陽氏による、極右・反アラブ主義者のラビ・メイール・カハネを切り口とした議論は面白かった。「ユダヤ人国家」と規定しながらも、世俗権力による国民国家(アラブ人「国民」も成員に含まれる)でもあるという矛盾、それゆえに「誰がユダヤ人か」というアイデンティティさえ危機に晒されているという欺瞞・分裂を、極右的観点から開き直って堂々と批判したカハネに、臼杵氏は注目した。
 他方で、手島勲矢氏は、そういった「矛盾」はイスラエルに限ったことではないだろう、という異議を示している。これはこれでもっともなことだと思う。だからこそ、拙著の序章では「偽日本人論」を論じたし、また個人的に面識のある赤尾氏・臼杵氏ともにイスラエルをあげつらっているだけではなく、日本のナショナリズムに対してひじょうに批判的なスタンスをもっていることもよく知っている。
 他に印象的であったのは、菅野賢治氏の論考。フランスにおけるムスリム移民・ムスリム市民の増加がもたらした公の場での宗教的標章の着用禁止の議論は、キリスト教国家フランスでの穏当な共存を歴史的に実践してきたユダヤ人に対しても一律の着用禁止という反動をもたらした。エピローグの大塚和夫氏が論じた「セムの二重性」(ユダヤ人もアラブ人もセム系にカテゴライズされうることがもたらす二重性)にも関わる部分がある複雑な問題であると同時に、現代世界の「多文化共生」というテーマにとっても重大な課題を示していると思われた。

 他の論考もそれぞれ勉強になりました。

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