「妊娠」そのものが直接的に個々人に迫る生命倫理的な問いかけ――『妊娠』(洛北出版)

柘植あづみ、菅野摂子、石黒眞里『妊娠――あなたの妊娠と出生前検査の経験をおしえてください』洛北出版、2009年

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 前回記事が妊娠関係だったこともあり、今度はまさに『妊娠』。これはいろいろな意味で破格の本です。
 出版社は、洛北出版。これまでアルフォンソ・リンギスの翻訳や、梅木達郎『支配なき公共性』、廣瀬純『シネキャピタル』などの重要書を出してきました。また洛北出版の竹中さんは、他社の本の装幀も手掛けるほどのセンスと技術をもっています。その洛北出版ならではの一冊。
 375人の女性へのアンケートと、26人の女性へのインタヴューと、その分析、関連資料を入れて、なんと総650頁もの大冊。それがわずか2800円とは!

 値段からお買い得と言いたかったわけではなく、この3人の果敢で重要な取り組みの「すべて」を損なうことなく一冊に入れるという試みを、素晴らしい編集構成で実現したことに瞠目です。表紙、帯、扉、目次、見出し、写真、、、どれを見ても、繊細に考え抜かれてつくられていることが感じられます。洛北でなければこの本はこのようなかたちで実現することはなかったでしょう。

 もちろん本の中身も重要です。いわゆる生命倫理に関わる、決定的に重要な問題を本書は扱っています。いや、本書では「生命倫理」を主題としているわけではなく、あくまで「妊娠」という出来事をクローズアップしているのですが、しかし、大上段に倫理を語る前に、「いまの日本で妊娠するとはどんな経験なのか?」(帯裏)、しかも、「さまざまな女性の いくつもの ただ一つの経験」(帯表)であるような、妊娠という出来事に固有なしかし多様な体験と意見を徹底的に集めてみること。これの具体的な作業を経ずしては、抽象的な倫理など語れません。

 出生前検査を受けることは、いったい何を意味し、その結果次第ではどのような決断を迫られるのか。遺伝子検
査で障がいが分かり、それを告知されたら堕胎するかしないかを決めなければなりません。それは命の選別をすることになります。いやそれ以前に、その結果がどうあれ、つまりとくだんの障がいがないという結果を得たのであれ、しかし出生前検査を「受けた」という事実だけで、受けた人は「後ろめたさ」を背負わされてしまいます。とくに、そういった事柄についての教育や周知の未熟な日本においては。
 あるいは「予定外の妊娠」、「望まれなかった妊娠」。このこと自体が夫婦関係や仕事などの生活環境を大きく変えさせるし、ストレスにもなるでしょう。そしてここでも迫られる、堕胎するか否かの決断。
 また、こうしたひじょうに繊細な心理的・倫理的問題が関わることでありながら、産婦人科医は妊婦との信頼関係構築をどのようにしているのか。

 いや、ほかにもさまざまなアスペクトがあります。そしてその無数のアスペクトのひとつひとつが、当事者にとっては深刻な悩みです。この一冊は、それを省略しないところにこそ素晴らしさがあるのです。

 刊行自体がひとつの出来事であるような書物です。

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妊娠―あなたの妊娠と出生前検査の経験をおしえてください
洛北出版
柘植 あづみ

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