「ディアスポラ」なのか「移民」なのか――伊豫谷登士翁(編)『移動から場所を問う』

伊豫谷登士翁(編)、『移動から場所を問う――現代移民研究の課題』、有信堂、2007年

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 先の記事で書いた、『ディアスポラから世界を読む』合評会シンポ。コメンテーターの一番手は、移民研究とグローバリゼーション研究で著名な伊豫谷登士翁氏でした。
 伊豫谷氏は、やはり「ディアスポラ」概念の意義と有効性の検証にこだわった問題提起をしてくださいました。
 この問題は、『ディアスポラと社会変容』(国際書院)のときにも論じられました。
 消極的・懐疑的な立場から言われるのは、ユダヤ教的含意の強さ。しかし、『世界を読む』の赤尾論文が明示したように、語源的にはギリシャにあり、ユダヤ教への転用には屈折した事情が存在します。ユダヤ的文脈だけに限定されなければならないわけではない。
 もちろん、ディアスポラが無定義に蔓延させられるのは問題はあって、そのあたりを『世界を読む』の付録に入れたブルーベイカー論文が示しているし、また赤尾論考で参照されているボヤーリン兄弟がユダヤ人の経験を踏まえつつ敷衍するべきことを指摘しています。
 他方、ディアスポラ使用を積極的に認める立場からすると、「移民」と「難民」はともに範囲が狭すぎることがある。移民は近代国家間のことであり、またしばしば個人的かつ自発的なものだったりする。僕が明日突然思い立って一人で「移民」になることもできてしまいます。「難民」のほうはと言えば、また特定の法的規定が伴ってしまいます。だからこそ、徐京植さんが「半難民」という言葉をつくらざるをえなかったりしたわけです。
 それに対して「ディアスポラ」には歴史的負荷・政治的負荷・集団性といったものが含意されています。

 このあたりには、なかなか深い溝、立場の違いがあって、この手の議論をすると、必ず立ち戻ってしまう争点です。なかなか決着はつかないでしょう。

 それはさておき、その伊豫谷登士翁さんは、「移民」研究という立場でいらっしゃいます。
 そして二年前に、『移動から場所を問う――現代移民研究の課題』というかなり重厚な論集を編集されています。
 本は持っていましたし、収録論考のうちいくつかには目を通していましたが、今回の合評会で伊豫谷さんが論及されたこともあって、改めて手に取り、「あとがき」を眺めてみました。そしたら、なんとそこには臼杵さんが企画からかかわっておられた事情が記されていました。
 もちろん最適任者と思いコメンテーターを依頼し、そして予想以上の深いコメントをしてくださったのですが、正解だっただけでなく、必然的な人選だったのかと改めて思いました。今後、また伊豫谷さんと議論を深めていきたいと思いました。
『移動から場所を問う』目次
序章 方法としての移民――移動から場をとらえる 伊豫谷登士翁

 I 越境する空間(移民のつくりだす場所)
1章 存在論的移動のエスノグラフィ――想像でもなく複数調査地的でもないディアスポラ研究について ガッサン・ハージ
2章 現れ出る移民国家 ジェームズ・ホリフィールド
3章 「沖縄系移民」研究の展開と視座 山下靖子

 II 連接する空間(移民の結びつける場所)
4章 人身売買の噂と移民研究の管理 ダイアナ・ウォン
5章 女はいつもホームにある――グローバリゼーションにおけるフィリピン女性家事労働者の国際移動 ラセル・サルザール・バレーニャス
6章 女性化された移動と接続する場所――「家族」「国家」「市民社会」と交渉するトランスナショナルな移住女性 ブレンダ・ヨー

 III 移動する空間(移民の変容する場所)
7章 西洋と残余の文明的差異における多様性 酒井直樹
8章 アーバン・ディアスポラ――ポスト-エスニック・ヨーロッパにおける人種、アイデンティティ、ポピュラー・カルチャー ファティマ・エル-タイェブ
9章 奴隷制廃止と「自由」移民――移民研究における史実性とヨーロッパ中心性について ラディカ・モンジア

 なんとも圧倒的な、しかしバランスの取れた目次構成です。
 またここで着目すべきは、ジェンダー/移民女性を主題化した二つの章があること。これは逆に、合評会シンポのときに、伊豫谷さんからこちらの『世界を読む』の論文集に欠如している観点として指摘されたところです。まったくもってそのとおりで、弁解のしようがありません。
 『ディアスポラと社会変容』(国際書院)のときには、「移民の女性化」ということで話題には出ていましたし、また、『世界を読む』論集の発端となったボヤーリン兄弟では、ディアスポラとジェンダーの問題、あるいは国民化とマッチョ化あるいは異性愛化の問題が提起されています。
 今後深めるべき重要な課題の指摘でした。

 ともあれ、『移動から場所を問う』は、あらためて僕らの論集と併読して、比較参照すべき貴重な本だと思います。
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移動から場所を問う―現代移民研究の課題
有信堂高文社

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