村山敏勝さんの最後の仕事――『現代思想』臨時増刊「ジュディス・バトラー」

『現代思想』臨時増刊「総特集 ジュディス・バトラー――触発する思想」(青土社、2006年10月)

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 また村山敏勝さんの追悼記事になります。
 『現代思想』のこの総特集号は、彼の最後の活字仕事だったかもしれません。これが刷り上がって執筆者に配達された日に彼は倒れました。現物を手にしたかどうか、おそらく届く前だったかもしれません。
 執筆からゲラ校正、刊行まで日程のタイトな『現代思想』ですので、ゲラ返送は刊行の10日前ぐらいだったか。実はこの特集号には僕も論考を寄せていまして、そしてゲラ返送直後に「アジア・政治・アート」の集いで、村山さんと会って、この特集号の話をしました。彼はこう言っていました。
 「論考を書いただけでなくて、鼎談にも出ているんです。でもそういうのって始めてだったので、収録の前にどれぐらい話をする準備をするべきなのか、収録語にどれぐらい発言に手を入れていいのか、そういうのが分からず手探りだったので、ヒヤヒヤしました」、と。
 僕からは、「僕はバトラーとイスラエル問題の関連だけで書きましたが、バトラー思想そのものは専門外なので、勉強させてください。刊行されたら、村山さんの論考と鼎談はすぐに読みますので、質問させてくださいね」。
 残念ながらその機会は失われてしまいました。

 刊行されたこの特集号を手にして、愕然としました。
 村山さんの論考は、大トリに置かれていて、タイトルは「予め喪われた死者へ――メランコリーの拡大」。
 偶然だし、過度な意味づけは慎まなければなりませんが、あまりに暗示的であり、動揺なしには読めないものでした。

 鼎談は、竹村和子氏と新田啓子氏と三人で「攪乱的なものの倫理」。これまた、彼が生で語っている「声」の記録なので、読めば肉声が頭に響いてくるような感じです。

 本当に、本当に、残念でならないし、でも、この特集号が残ってよかったとも思います。
 村山さんと議論する機会はなくなってしまいましたが、でもこの特集号を開くたびに、彼のことを思い出しています。

   *   *   *

 僕が書いた論考は、その後単行本にまとめた『ユダヤとイスラエルのあいだ――民族/国民のアポリア』(青土社)に、リライトのうえ収録しました。その他、
新城郁夫さんの「呼びかけの濫喩へ――バトラーのポストコロニアル批評」
細見和之さんの「アドルノとバトラー――批判理論の批判的再構築に向けて」
下河辺美知子さんの「アメリカ国家のメランコリー」
などなどたくさんの論考が寄せられています。
 またバトラーのテキストが一本、インタヴューが一本、翻訳されています。
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