村山敏勝さんの翻訳業――コプチェク、バトラー、サイード、バック=モース、など

 前の記事で紹介しました、村山敏勝さん(『(見えない)欲望に向けて――クィア批評との対話』)の貴重な翻訳業を今度は紹介。
 こうしてあらためて見ると、批評理論の分野では本当に重要な仕事を残されていますし、僕自身、お世話になったことを痛感します。
 ここではとりあずえ5冊だけ挙げますが、他にあと数冊あります。

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ジョアン・コプチェク『わたしの欲望を読みなさい――ラカン理論によるフーコー読解』(村山敏勝。下河辺美知子、他訳、青土社、1998年)
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 アメリカ流のフーコーの歴史主義への援用を、精神分析、とりわけラカン理論の「現実的なもの」の観点から批判したもの。フーコーそのものというより、アメリカではよくあるけれども、機能主義的に新歴史学のフーコー利用に対して、経験的な因果主義を批判したもの。日本のフーコー研究ではそれほどではないけれども、社会学分野などでの恣意的な援用は他人事ではない。


ジュディス・バトラー、エルネスト・ラクラウ、スラヴォイ・ジジェク、『偶発性・ヘゲモニー・普遍性――新しい対抗政治への対話』(村山敏勝、竹村和子訳、青土社、2002年)
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 鼎談ではなく、3人が対話的・批判的な論考を重ねた特異な書物。冒頭、それぞれが短い問題提起を行ない、それを受けて3人がそれぞれ第一論考を執筆。さらにそれを受けて、それぞれが他の2人の議論に対し批判的に考察を重ね、第二論考、第三論考を重ねた。結局、全9本の論考の積み重ねが本書をなしている。
 覇権主義、普遍主義、多文化主義、グローバリズムなどについて論争。そしてそれぞれの議論の底には、ヘーゲル、グラムシ、ラカンの思想が響いている。


マーク・シェル、『地球の子供たち――人間はみな〈きょうだい〉か?』(村山敏勝、荒木正純、橘亜沙美訳、みすず書房、2002年)
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 大部で広範な本書の議論を簡潔にまとめたオビ文を引用すると、「ユダヤ・キリスト教の起源からスペインのマラーノ、ケベックの二重言語使用、ペット問題まで。普遍主義と個別主義、共生と排除の構造を縦横無尽に考察したマーク・シェル、驚異の書。」
 著者のシェル自身は、カナダのケベック州生まれ育ち。もちろん本書には、「二枚舌――または、ケベックでたどられることのなかった道」という一章がある。ただ個人的に興味深かったのは、「共存から異教徒黙認へ――または、スペインのマラーノ(豚野郎)」。マラーノとは、異端審問下の、偽装改宗ユダヤ人、偽キリスト教徒問題。
 なお、ボヤーリン『ディアスポラの力』でも引用されており、本書にはお世話になった。


スーザン・バック=モース『テロルを考える――イスラム主義と批判理論』(村山敏勝訳、みすず書房、2005年)
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 著者は、アメリカ合衆国在住の、ベンヤミン、アドルノなどのドイツ思想研究者。しかし本書は、〈9・11〉以降の対テロ戦争を批判した論争書。本書が日本語圏での最初の翻訳になるが、後に『夢の世界とカタストロフィ』(岩波書店)が翻訳刊行された。
 本書は、著者の専門ではないイスラームおよび対テロ戦争に関してのものだが、根底には、自身も含めた西欧世界のイスラームに対する無知の自覚がある。したがって、イスラームそれ自体というよりも、西欧によるイスラーム表象に主眼があり、そこにはベンヤミンやアドルノの仕事が論及されている。


エドワード・サイード『人文宅の批評と運命――デモクラシーのために』、(村山敏勝、三宅敦子訳、2006年)
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 2003年に死去したサイードが、生前に「まえがき」まで記しながら、死後の2004年刊行となった「遺著」。
 人文学の目的とは何か、人文学者の使命とは何か、といった、学問の王道を問い直す。これがサイードの最後のメッセージとなったのは、何か因果なものを感じさせるが、本書を日本語で読む読者にとっては、同時に村山さんの最後のメッセージとも感じられる。

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 本当にすばらしい仕事を残してきた村山さんに感謝を。
 こうして眺めると、生前の個人的な接点以上に、あるいは面識以前に、これらの翻訳書が僕に与えたインパクトの大きさに気づかされます。もっともっと言葉を交わしておくべきだったと悔やまれます。

 あとは少しでも広くこれらの訳業が読まれ、活用されるのを願うばかりです。

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人文学と批評の使命―デモクラシーのために
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テロルを考える
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地球の子供たち―人間はみな“きょうだい”か?
みすず書房
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偶発性・ヘゲモニー・普遍性―新しい対抗政治への対話
青土社
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