中国からパレスチナ/イスラエルまで世界大で「哲学」する――中島隆博『哲学』岩波書店

中島隆博、『ヒューマニティーズ 哲学』、岩波書店、2009年

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 前回、「西洋哲学」関係の本を紹介したときに、プラトンとかアリストテレスとか「西洋」哲学なのかな、という疑問を提示しました。
 大学制度のなかでは、あるいは一般的な用法では、ただ「哲学」と言うと、「西洋哲学」を主に意味することになっており、中国哲学とかインド哲学とかはそのように「中国」とか「インド」と必ずつけることになっています。ここにも典型的に、「無徴のヨーロッパ/有徴のアジア」とでも言うべき非対称性があるわけです。

 ところが、この出たばかりの岩波の「ヒューマニティーズ・シリーズ」の『哲学』の巻を執筆されている中島隆博氏は、中国哲学がが専門。あるいは、「比較哲学」という耳慣れない分野を専門とされています。中国を主たる専門領域としながらも、中島氏はこれまでもアーレントやレヴィナスといった思想家らを積極的に論じてきました。

 中島氏は、本書の冒頭を、ドゥルーズ&ガタリの『哲学とは何か』の批判的分析から入り、ドゥルーズ&ガタリが、ヨーロッパ哲学の起源として、ギリシャ哲学だけを特権化し、他方インド、ユダヤ、イスラームの各「哲学」に並んで、中国「哲学」についても、「正確には哲学的ではなく、前-哲学的だ」としてしりぞけていることを問題視します。こうした中国哲学観に対して、中島氏は、ドゥルーズ&ガタリと直接親交のあった中国学者フランソワ・ジュリアンによる反論を引きながら、どうしてこのような「哲学」観の歪みや矛盾が生じたのかを論じます。ひじょうに重要な提起だと思います。

 その後も本書では、日本の思想家らも含めて洋の東西を問わず論じ、そして末尾で、エドワード・サイード、サラ・ロイに触れつつ、パレスチナ/イスラエル問題に論及します。サラ・ロイ氏については、今年3月に東大UTCPで日本に招聘しました。中島氏も私もUTCP(共生のための国際哲学教育研究センター)のメンバーであり、中島氏にはいろいろお世話になっています。
 ここで中島氏は、戦争・占領・入植というアクチュアルな問題から、歓待と暴力を哲学的に主題化します。そしてそこから、これまでも中島氏がこだわってきた、アーレントとレヴィナスにおける「哲学と政治」の問題を掘り下げて、本書に一区切りをつけます。

 私自身は、レヴィナスについてはかなり辛口なので、少しひっかかりを覚える論述もありましたが、それをさておいても、この中国哲学からパレスチナ/イスラエル問題までを、限定なしの「哲学」の名のもとに論ずるという試みは、極めて重要なものであることには疑いをもちません。

 巻末読書案内では、早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』青土社、パペ『イラン・パペ、パレスチナを語る』柘植書房、西山雄二編『哲学と大学』未来社、など私の関わった本も紹介してくださいました。感謝です。

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 また、関連して中島氏の『残響の中国哲学』も重要。すでにここにアーレント、レヴィナスを論じた章も収められており、比較哲学、あるいは哲学の越境の試みがなされています。


残響の中国哲学―言語と政治
東京大学出版会
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