イスラエルが建国失敗しユダヤ人が再ディアスポラした世界で――小説『ユダヤ警官同盟』(新潮文庫)

マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟(上・下)』、黒原敏行訳、新潮文庫、2009年

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 新潮文庫の海外翻訳ものハードボイルド小説の新刊。
 設定がものすごい。1948年に建国されたイスラエルは中東戦争に敗北し滅亡。ユダヤ人の離散がさらに開始された。そのなかで、アメリカ・アラスカ州沿岸のバラノフ島にユダヤ人入植地が建設され、合法・非合法のユダヤ人移民・避難民が殺到し、200万人を越えた。
 結局そこは、「ユダヤ人特別区」という一定の自治区的な地位を与えられるが、しかし将来的に「州」に昇格する可能性はなく、60年の次元つきの「暫定措置」とされた。
 その60年の期限が迫りつつある2007年、バラノフ島にあるユダヤ教超正統派ハシディズムの一派のレベ(指導者)の息子が殺害されたことに端を発し、物語が展開する。
 バラノフ島のユダヤ人住民らは、一部は暫定特別区終了後も引き続き残る可能性を模索し、一部はユダヤ人の親類を頼りに再度世界各地に移住を始め、そして一部はエルサレムへの「帰還」を夢みていた、、、
 そして、特別区のなかでも、ハシディズムのコミュニティはさらに自治色の強い治外法権的な雰囲気を醸しており、主人公であるやはりユダヤ人の刑事でさえ、捜査は難しい。
 さて、物語は、、、小説ですからネタバレするような紹介はしません。すみません。読んでください。

 ところで、このディアスポラ小説のすばらしいことは、下巻の訳者あとがきに、なんとなんと、私と友人が訳したボヤーリン兄弟『ディアスポラの力』(平凡社)が、わざわざ紹介されているところ!! 勉強熱心な訳者の黒原氏に感謝。ユダヤ教用語の頻出するこの小説の翻訳もたいへんだったことでしょう。
 それから、この「訳者あとがき」のすばらしい点は、このディアスポラの可能性を、日本に引きつけて考える可能性を示唆しているところ。「日本沈没」っていう小説への言及もあり、さらには、天皇制の問題への言及も。国家とか国民とかいうことを、とかく自明視しがちな日本という場で、ユダヤ人ディアスポラをどのように読み込むのかというのは、読者の側の課題。
 すばらしい「訳者あとがき」です。

 一点疑問。現タイトルは、「イディッシュ警官同盟」。訳者もあとがきで述べるように、イディッシュ語で「イディッシュ」は「ユダヤ」の意味だから、間違いではないかもしれない。一般的に「イディッシュ」では分かりにくく、売りにくいという事情もあるのもわかります。
 しかし、「イディッシュ」は「イディッシュ」のままにしてほしかった。東欧のユダヤ人コミュニティで話されていた言語なわけであり、ユダヤ一般とはやはりズレがあるからです。

 ともあれ、ひじょうに面白い小説であることは確かです。ハードボイルド好きの方もそうでない方も、ぜひ。
 そしてついでに、ボヤーリン兄弟『ディアスポラの力』もどうぞ。

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