孤児で棄民で入植者で戦争体験者、そしてチェチェン人と「兄弟」となったロシア人少年の物語

アナトーリイ・プリスターフキン、
 『コーカサスの金色の雲』、
  三浦みどり訳、群像社、1995年


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 ここ何度かチェチェンものの本を紹介してきましたが、今度は小説です。別の意味で圧倒されます。そして、チェチェン問題の錯綜具合を思い知らされます。

 時代背景は1944年、第二次世界大戦末期。主人公は、ロシアの孤児院の二人兄弟、サーシカとコーリカ。
 ナチスへの「協力」の嫌疑からシベリアなどの追放されたチェチェン人の村に、さまざまな苦しい事情をかかえたロシア人たちが、「入植者」として送り込まれてきます。土地と家を奪われたチェチェン人たちからすれば、彼らは侵略者・加害者でしかありませんが、しかし、中央権力からすると、巨大な統治手段として、あちこちと意図的に錯綜させた強制的住民移住の一側面。
 しかも郷土の奪還を目指すパルチザンたちの攻撃に怯えて暮らさざるをえない、各地からチェチェンへの入植者たちは、社会から排除された「訳あり者」たちばかり。サーシカとコーリカもまた、孤児で盗みの常習犯。その周辺の登場人物たちもまた、好き好んでチェチェンに来ていたわけではなかった。が、必然的にチェチェン人たちの土地と財産を「収奪」もしていたし、にもかかわらず自分たちが攻撃を「仕掛けられる側」の被害者だと思っていた。

 小説なのでストーリーの詳細は書きません。ただ、物語が終わりに近づいていくなかで、兄弟があまりに唐突かつ悲惨な形で離別させられたこと、ロシア人のコーリカが、とあるチェチェン人の少年と新しい「血を分けた兄弟」になったこと、そしてコーリカが恩師であり憧憬もしていた先生との離別を選んだこと、本当に読んでいて胸が苦しくなります。

 ここに文学の力があるんだなぁと痛感。最近、日本の作家が戦争についてどう語ったかとか、ちょっと話題にもなったようですが、まず比較になりません。限られた読書時間しかありませんので、こういうものに費やしたいと思います。

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コーカサスの金色の雲 (現代のロシア文学)
群像社
アナトーリイ・イグナーチエヴィチ プリスターフキン

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