共生、人権、市民権、多文化主義、マイノリティ、などの問題を考えるために――金泰明氏の二著

金泰明、
『マイノリティの権利と普遍的概念の研究――多文化的市民権と在日コリアン』(トランスビュー、2004年)、
『共生のための二つの人権論』(トランスビュー、2006年)


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 前回に引き続き、金泰明さんの著書を紹介。
 彼には、博士論文を書籍化した『マイノリティの権利と普遍的概念の研究――多文化的市民権と在日コリアン』(トランスビュー、2004年)という大著がある。現代世界の民族紛争や、日本の移民大国化といった喫緊の課題に対して、リベラリズム思想がいかに応えうるかを論じたものだ。ただし、その思想史的議論の射程は長い。カントに端を発する「価値的人権論」とヘーゲルに端を発する「ルール的人権論」という、次元の異なる二つの人権論を軸にして(前者が絶対的な尊厳や人格に基づき、後者が人びとの合意や同意に基づく)、さらに古典的社会契約説も背景としてふまえられている。そこから現在活躍しているウィリアム・キムリッカの多元的市民社会論までを架橋し、しかも日本社会と在日コリアンとのアクチュアルな問題に接続する力業だ。
 アマゾンのサイトからも「あとがき」の一部が読める。以下、その引用。

(金泰明「あとがき」より)

 本書の基本テーマは、「マイノリティの権利(文化的特殊性の公的承認)と普遍的な人権(市民的・政治的権利)の共存はいかにして可能か」という問題である。かみ砕いていえば、それは多様な文化や価値観をもつ人びとの「共生」の問題である。本書は、「共生」の問題を〈価値対立を抱えた政治社会における文化的特殊性の公的承認と市民社会の公共性との共存可能性の問題〉ととらえ、哲学的・原理的な考察を試みた。

「共生」の問題は、国民国家にとって古くて新しい問題である。というのは、近代国家のほとんどが多民族国家として誕生して以来、自らの社会に「価値対立」を抱えこんできたからである。冷戦構造の崩壊後、グローバリゼーション(世界の自由化とボーダレス化)の進展によって国家や「地域」の文化的多様性はいっそう深まる一方、世界各地では民族対立、宗教・文化・エスニシティをめぐる対立が一挙に噴出した。現代の国際社会が取り組むべき最重要課題のひとつは、〈価値対立〉の問題であるといっても過言ではない。

また、それは国際化時代を迎えた日本にとっても、焦眉の課題となっている。日本社会には、先住民族としてのアイヌ民族や在日コリアンをはじめとした従来のマイノリティの存在に加え、グローバリゼーションの進展に伴い、今後膨大な数の外国人労働者たちが流入するのは必至である。その人数は、今世紀中葉には、最大で三〇〇〇万人の移民が日本社会に存在すると予測される。こうした現実をまえにして、日本の政財界が標榜する「共生社会」は、先住民族やマイノリティそして移民たちを文化や価値観の異なる「他者」として尊重するのか、それとも単なる「労働者」として処遇するのか。求められるべきは、文化や価値観の異なるすべての人間の価値を肯定した、いわば人権概念に立脚した共生社会論である。本書がめざす多民族共生社会は、リベラリズム、すなわち個人の自由と権利に基づいた多元的社会である。

本書の目的は、第一に、リベラリズムの源流としてのヨーロッパ近代哲学者たちの人権概念を原理的に考察することにある。私は、ホッブズ、ロック、ルソー、カント、ヘーゲル、ミルら一七世紀から一九世紀の近代哲学者・思想家たちの人権原理・社会原理の考察をとおして、彼らによって考案された人権概念が、全く相異なる二つの原理によって成立していることを「発見」し、それを〈価値的人権原理〉と〈ルール的人権原理〉と名付けた。二つの原理は、未だ試論の域を超えるものではなく、大いに検討されるべき余地が残されている。多くの研究者のご批判を期待したい。 本書の第二の目的は、キムリッカの「多文化的市民権論」 (Multicultural Citizenship: A Liberal Theory of Minority Rights)を中心にマイノリティの権利論を原理的に考察することにある。キムリッカの「多文化的市民権論」は、個人の自由や自律というリベラリズムの価値に立脚しながら、マイノリティへの権利付与と社会統合と共存をめざすものである。「社会構成的文化」と「集団別権利」を柱とするキムリッカの「多文化的市民権論」は、在日コリアンをはじめ世界各地のマイノリティが抱えている諸問題を考える上で含蓄に富み、原理面・政策面での有効なサジェスチョンを受け取ることができる。とりわけ、「集団別権利」が、不当な差別や社会的不利益を被っているマイノリティに対して、社会的・公的機関はある種の権利を付与すべきというのは正当である。また「集団別権利」は、市民権(参政権)が国民(国籍取得者)だけを対象とし、定住外国人や異民族・エスニシティの人々を排除するという差別的な現実を是正する理論的可能性をもつと評価できよう。

しかし、キムリッカの「多文化的市民権論」を在日コリアンに適用しようとすれば、たちまち隘路に陥る。それは、それが人びとの社会的統合の絆として、「文化(共通の歴史と言語)」を共通のアイデンティティとしていることである。未だ多くの在日コリアンは、過去の日本による強制連行などの「負の歴史」の記憶を持ち続けており、そして今なお日本と韓国・朝鮮の間には、朝鮮人従軍慰安婦問題をはじめとした一連の植民地支配清算・戦後処理問題が、未解決のまま残されたままである。こうした点を考慮するならば、在日コリアンが日本社会の一員として社会に参加し「統合」に寄与していくためには、「共通の歴史観」や「文化的アイデンティティの共有」を大きな契機とすべきではない。むしろ求められるのは、社会や政治における共通の課題や公共的な事柄を共に議論しあい実践を共有するという日々の経験、つまり「市民的アイデンティティ」であり、真に成熟した意味での市民主義なのである。


 ところでこの本は、博論をもとにしていることから、厚くて高い(6800円)。
 そこでそのエッセンスを、語り下ろしの形でコンパクトな一書にしたものが、『共生のための二つの人権論』(トランスビュー、2006年)。値段もその約3分の1ほど(2400円)。読みやすさも考えて、一般にはまずはこちらをお勧めします。

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 ただし、最後に一言だけ私からコメントを加えると、現代に溢れる民族紛争の根本原因を、「価値対立」に帰することについては、異論がある。そういう側面もあろうが、しかし、経済利害が紛争を創り出し、煽っているという面も見逃せない。価値観が異なっていれば対立するのかと言えば、そうではないだろう。対立は利害から生み出される。思想史ではなく社会科学の立場からは、異なる分析と提言がありうるだろう。

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