底辺から見続けた記録文学作家・上野英信――満州、ヒロシマ、炭坑、南米移民

川原一之、『闇こそ砦――上野英信の軌跡』、大月書店、2008年

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 筑豊炭田に生きた記録文学作家・上野英信。もっとも有名なのは、岩波新書の『追われゆく坑夫たち』と『地の底の笑い話』だろうか。
 その上野英信の伝記が刊行された。生前の上野英信と親交があり、同じく記録文学者である川原一之氏が、個人的な親交も交えた描いた半生だ。川原氏は、土呂久鉱毒事件や、アジア各地のヒ素汚染の取材・記録で知られる。

 上野英信は、1923年山口県生まれ、福岡育ち。貧乏ゆえに合格した大学に入学できず、授業料無料の満州建国大学に学ぶ。もちろんこの大学は、植民地支配のエリートを育てるための国策大学だ。だがここで上野は、日本の戦争や占領に反発する中国人らと交流した。
 在学中に徴兵され、軍都広島で訓練中に原爆投下による被爆。戦後、京都大学で大学に復帰するも、まもなく退学。自らの意志で、学歴を「小学校卒」と逆詐称し、筑豊炭田で炭坑夫となる。
 過酷で不安定な炭坑労働、不況と石油への転換のたびに襲う大量解雇、労働組合・共産党による闘争。そうしたなかで、上野は坑夫の寮で文化活動をおこない、また、独自の記録文学の地平を切り開いていった。

 この伝記は、この記録文学作家「上野英信」誕生までの半生と、最晩年の著者との交流を描いている。

 しかし上野英信が炭坑を(不当な圧力で)解雇されたあと、さらなる大作を書き上げた。それは、炭坑の仲間たちが大量に解雇されていった、その後の人生だ。

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上野英信、『出ニッポン記』、潮出版、1977年/現代教養文庫、1995年

 解雇された坑夫たちは、なけなしの退職金で、次々とブラジルなど南米への移民として最後の活路を模索した。
 移民史全体については、ここでも紹介した高橋幸春『日系人の歴史を知ろう』(岩波ジュニア新書)を参照。
 移民した先では、また次々と苦労が待ち構えていた。「地上の楽園」のごとく宣伝され移民が奨励されたにもかかわらず、農地が用意されていたわけではなかった。農業に向かない地質や気候(というか向いている場所はすでに農家が使っているのは当然/新規移民・開拓者は自ずと条件が悪い)に加えて、農業研修があるわけでもなく、知識・経験は自分で身に付けるしかなかった。そうして南米のなかでも、移民たちは開墾や転職で移住を続け、苦労を重ねた。
 上野は、移民として海を渡った「元坑夫」たちを尋ねて歩いた。同郷者や、同じ鉱山にいたことのある元坑夫たちと語り合った。記念碑的な著作である。

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