沖縄をめぐる文学・思想論の最重要書――新城郁夫『到来する沖縄』

新城郁夫、『到来する沖縄――沖縄表象批判』、インパクト出版会、2007年


画像


 前回紹介のシリーズ『沖縄・問いを立てる』(社会評論社)の編者の一人である新城郁夫氏の二冊目の単行本。一冊目は、『沖縄文学という企て――葛藤する言語・身体・記憶』(インパクト出版会、2003年)。
 著者は、日本と/の沖縄の問題を、重層的にかつ最もギリギリのところで思考し論じている文学者・思想家だと思う。
 先のシリーズ第3巻『攪乱する島――ジェンダー的視点』を、さらに深く丁寧に考えるうえでも、本書は必読。

【目次】
 序章  不可能性としての「自画像」
 第一部 反復帰・反国家論の現在
   「にっぽんを逆さに吊るす」
   沖縄・歌の反国家
   沖縄でサイードを読む
   『人類館』断想
 第二部 日本語を裏切る
   デリダ『他者の単一言語使用』の縁をめぐって
   拾い集められるべき新城郁夫の歌のために
   又吉栄喜の小説における「日本語」の倒壊
   沖縄を語ることの政治学にむけて
 第三部 元「従軍慰安婦」問題と戦後沖縄文学
   奪われた声の行方
   文学のレイプ
 第四部 抵抗の現在
   (省略/一~三部の各論考も主題のみか副題のみ)

 沖縄が、日本に、本土に突きつけるさまざまな問い。それは、政治、経済、軍事だけの問題ではない。どの次元まで掘り下げるべきか。言語、民族、ジェンダー、アイデンティティ、などなどの重層的な問題が、「日本国家/日本人」の自明性を揺さぶる。
 日本の政府は、経済問題に収斂させようとする。経済復興でもって、政治と軍事についてさえ押し黙らせようとする。日本のマジョリティもまた目を閉ざす(この本紹介サイトをつくってみて気がついたことだが、沖縄関係の記事についてはアクセス数が目立って少ない)。いわんや、本土の「日本人」が、近代国民アイデンティティを得るにあたって、どれだけの言語統制やジェンダー規制を敷いてきたかということなど、意識にすらのぼらないだろう。
 本書を読んで、沖縄について思考するということは、つまりそれは必然的に「日本」についてということでもあるのだが、この問題の重層性を問うということなのだ、ということを繰り返し確認させられた。優れた文学と文学論は、その重層性を問いかける力をもっている。

にほんブログ村 本ブログ 学術・専門書へ


到来する沖縄―沖縄表象批判論
インパクト出版
新城 郁夫

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ