日系移民理解の必読書/ジュニア新書と思えぬ充実した入門書――高橋幸春『日系人の歴史を知ろう』

高橋幸春、『日系人の歴史を知ろう』、岩波ジュニア新書、2008年

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 岩波ジュニア新書では、ときどき「名著」が生まれる。川北稔『砂糖の世界史』などはそうした一冊だ。いまどきの中高生にすんなり読めるかどうかはさておき、しかしそうした層から読めることを念頭において論述された入門書で、しかし内容や質を落とさずに伝えることに成功している本はそう多くはない。
 本書高橋幸春『日系人の歴史を知ろう』も、ジュニア新書の名著の一冊に数えられる充実したものだ。

 前回、『オルタ』2008年11・12月号特集「労働開国?――移民・外国人労働者・フリーター」を紹介したが、この「移民・外国人労働者」のうちの大部分を(いまのところ)占めている南米からの日系移民の背景を知るのに絶好の、そして必読の一冊が本書だ。
 また、本書が主にブラジル移民の歴史を中心に扱っていることから、細川周平『遠きにありてつくるもの――日系ブラジル人の思い・ことば・芸能』(みすず書房、2008年)の副読本の役割も果たす。

 今年は1908年の第一回ブラジル移民から100年。いろいろなイベントもあった。
 だが、本書はこの100年のブラジル移民史を振り返るにとどまらない。
 南米移民史を考えるということは、次のような事柄を射程に収めるということである。

・沖縄や九州や東北地方などの地方農村が近代化の過程で貧困化させられ、都市工業地帯での低賃金下層労働者へとなっていったこと、
・そこでも吸収しきれない余剰人員がグアム・ハワイ・北米へとまずは移民を開始したこと、
・まだ奴隷制度廃止から間もなくの時代でこれらの「契約移民」も事実上は奴隷のような扱いをされたこと、
・北米が黄禍論に傾き、「職を奪う」日本などアジアからの移民を排除したこと、
・その受け皿となったのがペルーやブラジルだったこと、
・しかし第二次大戦期の日本の中国侵略、とりわけ満州国の傀儡政府をつくってからは、日本から南米への移民が止まり満州や海南島に向かったこと、
・ブラジルは合衆国支持のため日系人コミュニティの独自の教育やメディアなどを規制し、移民数の制限をしたこと、
・上記の二要因のためにブラジルなど南米の日系人社会は孤立し、戦局さえ伝わらず、「勝ち組/負け組」などの大混乱を戦後しばらくまで引き起こし続けたこと、
・戦後の南米移民の再開は、沖縄農地が米軍によって接収されたことで食い扶持を失った沖縄の人々が合衆国に行こうとしたことに端を発すること、
・また中国大陸や朝鮮半島などからの大規模な引揚者を戦後の日本が吸収できなかったことも、移民再開の主要因の一つであること、
・合衆国が日本からの移民を拒否して中南米諸国に行かせるように圧力をかけたことによって、ブラジル移民が再開されただけでなく、ボリビアやドミニカなどにまで移民先が広がったこと、

などなど。
 本書は、日系移民の歴史構造を体系的に理解するための必要なことが盛り込まれている。
 さらには、日系三世の女性と結婚している著者自身の家族の体験や、日系人労働者の多い地域の現状についても、第一章と終章で論じており、歴史が現在と密接に関わっていることを明示している。
 理想的な入門書と言うべきだろう。


 なお本書の著者は、「麻野涼」の名前で『移民の譜(うた)ーー東京・サンパウロ殺人交点』(徳間文庫、2008年)などの小説作品を出している。とくにこのサイトでも取り上げ同小説は、本ジュニア新書と姉妹編のような関係にあると言えるほどの内容を備えている。併せて一読を。

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