タイを事例とした移住性労働・人身売買の綿密な研究――青山薫『「セックスワーカー」とは誰か』

青山薫、『「セックスワーカー」とは誰か――移住・性労働・人身取引の構造と経験』、大月書店、2007年

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 一つ前の記事で梁石日の小説と映画『闇の子供たち』を取り上げた。そこでは、タイを舞台にした、幼児買春や人身売買や臓器売買がテーマとなっていた。あくまで「フィクション」ということで、どこまで実態を正確に反映したものかという議論もあるようだが、日本とアジアとの関係の大きな構図のなかに現に存在する問題への想像力(梁石日の言葉では「闇の想像力」)を働かせたものであり、小説の細部をつついて「現実ではない」という批判はまったくの的外れだ。

 さて今回は、そのタイを事例とした性産業や人身売買などの問題を扱った、かなり本格的な研究書を紹介したい。青山薫氏の博論である、『セックスワーカーとは誰か――移住・性労働・人身取引の構造と経験』だ。
 青山氏は、本書(博論)執筆をされるイギリス留学とタイでのフィールド調査の以前から現在にいたるまで、長くピープルズ・プラン研究所で活動をされている方だ。

 本書表紙裏にある出版社側の紹介文によると、

女性たちの個人史を聞き、ライフ・コースを追うことで浮かび上がる、ジェンダー格差と経済格差にもとづいたグローバルな性取引。その、「奴隷制か労働か」という定義ではなく、「生きられた経験」に即した理解を試みる。タイと日本でのフィールドワークをもとにした充実のモノグラフ。


【目次】
 序章 個人的なトラブルから社会的な問題へ
第一部 見取り図
   ――グローバル性取引の存在論と認識論・調査の理論と方法論
 第1章 近代化・ジェンダー・グローバル化
   ――タイ人セックスワーカーの移住労働を世界に位置づける
 第2章 生きられた経験を理解する理論と方法論
第二部 追跡――タイ日間を移動するセックスワーカーの経歴の進展
 第3章 セックスワーカーになる前
 第4章 セックスワーカーになっていく、ということ
     ・セックスワーカーである、ということ
 第5章 元セックスワーカーである、ということ
 終章

 以上のような構成になっている。
 文献と索引も入れると400頁にもなる大作で、文字も詰め込まれており、内容もハードで、読み込むのは骨が折れる。けれども、論争史と、社会分析の理論と、具体的なインタヴュー調査や具体的な数値データをふまえた論述は、本当に地に足がついた研究という感じがするし、また、著者が活動のフィールドをしっかりもち、また対象者との関係づくりや関係性にも十分に配慮していることからも、研究と実践との深い結びつきが本書において体現されているように思われる。

 とくに、東南アジアの女性に対して性的搾取をおこなっている側の日本社会、日本の研究者が、どのように対象となる女性に接し、彼女らの「生きられた経験」を研究のなかで扱うのか、というのはひじょうに繊細な問題が含まれる。というのも、相手を研究「対象」として観察の客体とすることは、研究が支配の道具になるということと紙一重だからだ。人類学などはその最たるものだ(植民地主義の道具として発展してきた学問という意味で)。

 何が本当に「社会的に意味のある」研究なのか、理論と実践との関わりはいかにありうるのかということをしばしば考えさせられるが、本書は一つの見本を示している、と思う。「生きられた経験」という表現からもそのことが読み取れるし、とくに第二部の各章のタイトルによく表れている。

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