幼児買春・人身売買・臓器売買をテーマとした作品――梁石日『闇の子供たち』/そして映画パンフについて

梁石日『闇の子供たち』(解放出版社、2002年/幻冬舎文庫、2004年)

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 同書を原作とする映画も観た。よくあることだが、小説と映画とではだいぶ設定が変えてあった。大きくは同じ方向を向いているとは思うが、やはり別物。どちらが良いとか悪いとかではなくて。
 東南アジア地域で横行する、幼児買春・人身売買・臓器売買をテーマとした作品だ。貧困や政治腐敗を背景に、弱者のなかの弱者である農村の子どもやストリート・チルドレンが、徹底的にアングラの取引の商品とされる。暴行も性暴力も、その描写は小説・映画ともに、目を背けたくなる。
 もちろんこのストーリーは「フィクション」ではあるが、しかし、こういったことは日々起きている現実であり、日本もまた人身売買の「無法地帯」となっているとして国連からも批判を受けているし、日本の金持ちがフィリピンやタイに臓器移植をしに行っていることも公然の事実だ。

 そういうことを考えると、一点、どうしてもはっきりと違和感として書き留めておきたいことがある。
 映画のパンフレットに書かれてある福嶌教偉氏(大阪大学医学部付属病院移植医療部)の文章「映画「闇の子供たち」を見て」は、とんでもない内容のものだ。こんなひどい文章を載せたことで、パンフの価値(ひいては映画の価値も)は半減しかねない。
 福嶌氏によると、実際に日本人の子どもがタイに心臓移植に行っているという事実はない、という。「そこまで日本人の心はすさんではいない」、と。ここで二つの問題が指摘できる。
1、本当にそうか? 世間に知られていないだけではないのか? アングラでおこなわれているのだから公然と数えることなどできるはずがない。
2、問題のすり替えではないか? タイでなくとも、心臓でなくとも、子どもでなくとも、フィリピンや中国で日本人の大人が腎臓などの移植のために渡航し、お金で臓器を買っているケースはたくさんある。これは事実だ。
 フィクションということの意味をはき違えているのではないか。

 さらに悪質な問題が福嶌氏の文章には含まれている。この映画に描かれたことが「事実になる日が来ないように」するためには、日本で子どもの心臓移植ができるように法改正をすべきである(子どもの意思確認なしに移植できるようにすべきだ、と)、という移植推進の持論を展開しているのだ。これこそ、「ためにする議論」というものだろう。小説や映画の本質となんの関係もない、自身の利害に基づく誘導的な主張をしているのだ。信じがたい。
 脳死という人工的につくりだされた「死体」からの臓器の取り出しの問題、さらには、臓器移植・臓器医療そのものの問題、そしてドナーカードというやり方の是非、同意・意思確認の問題、そういったもろもろの問題はこの場では突っ込まないが、しかし、あまりにも乱暴な話を福嶌氏はここで展開している。しかも、子どもへの暴力を問うような映画のパンフレットという場においてだ。

 大学病院の大先生に執筆依頼をしたら、不掲載にはできないということなのか。あるいは、監督ら制作サイドもこの文章に問題をとくに感じなかったということなのか。いずれにせよ信じがたいし、残念なことだ。

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