「私」と「他者」から「社会」へ――金泰明『欲望としての他者救済』(NHKブックス、2008年)

金泰明『欲望としての他者救済』(NHKブックス、2008年)

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 本書は、誰もが経験する身近な出来事から、「私」と「他者」との相互関係的な存在様式について哲学的考察まで高め、かつ「市民社会」論の入り口まで議論を進めている。
 誰もが経験する出来事とは、たとえばこういうことだ。困っている人を見たときに、とっさに助けなければと思ったり、さらには実際に無意識に行動に出ていたり。ところが善意の行動が、必ずしも感謝されなかったり。あるいは、手助けしたくないなぁと思いながら、しかしそうしなければならないと義務感に駆られたり。逆に、そう思いつつできなかったことに後悔や羞恥を覚えたり。
 著者は、こうした「他者救済」の問題を、欲望/義務の観点から考察し、自己犠牲による義務感から出発しない、むしろ自己愛(自己への配慮)を起点とすることを肯定することが、つまるところ同時に他者を尊重することにもなるということ、さらにはそもそも相互承認という関係性のなかで自己の存在が自由でありうることを説く。

 誰もが経験する出来事から考察とはいいながら、しかし、著者の波瀾万丈とも言える半生は半端なものではない。貧乏な在日朝鮮人の家庭で育ち、差別への対峙、在日韓国人政治犯救援運動への全面的なコミット、そして哲学思想の道へ。
 実は、私は、この著者・金泰明さんとは、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター(東京麻布台)でたいへんお世話になっており、ある意味、彼の「他者救済」を受けてきた。えらい面倒見のいいおっさんだなぁとは思ってきたし、彼の生い立ちについては、会話のなかで断片的には耳にしてきたが、こうして一冊になったものを読むと、泰明さんが背景としている体験と思想が、本当に深いものであることがわかる。
 ひとつひとつ自分の身に降り掛かった出来事を反省的に考察しながら、孟子や魯迅などの中国思想から、カントやヘーゲルなどのヨーロッパ思想までを参照して、その意味を掘り下げ、そして自分自身の言葉として丁寧に説明する。「全身思想家」といった様相だ。

 なお、金泰明さんには、浜・早尾編『ディアスポラと社会変容』(国際書院、2008年)でも参加・発言をいただいている。あわせて参照してほしい。

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欲望としての他者救済 (NHKブックス 1121)
日本放送出版協会
金 泰明

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