パレスチナの「自爆テロ」を題材にした小説ーーヤスミナ・カドラ『テロル』

ヤスミナ・カドラ『テロル』、藤本優子訳、早川書房、2007年

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 本書は、ヨルダン川西岸地区出身でテルアヴィヴに住むパレスチナ人男性医師が主人公。その妻は、イスラエル北部ガリラヤ地方の村、コフル・カンナ出身のパレスチナ人女性。妻の方はもともとイスラエル国籍者であり、夫は西岸地区からイスラエル側に移住し、国籍を取得した「帰化者」という設定だ。
 夫は西岸地区出身でありながら、優秀な医師としての名声を高め、イスラエル国籍を取得し、そしてテルアヴィヴの高級住宅街での生活を享受することを誇りに思っていた。政治的なことを避け、普遍的に人命救助のみを信条としていた。
 その妻は、保守的でも宗教的でも政治的でもなく、ただおとなしく夫に付き従うような女性であった。そのはずだった。その妻が、突然にテルアヴィヴの繁華街で自爆して、数十人のイスラエル人の死傷者を出した。夫にはまったく理解できない。裕福な生活で何一つ不自由させなかったはずだし、妻はイスラーム過激派と接点があるどころか、日頃の礼拝さえしていなかった、と。
 時代背景は、年号の明記はないが、ジェニン難民キャンプへの大規模侵攻のことなどが書かれてあるので、2002年頃。パレスチナ人による自爆もかなりの頻度でおこなわれていた時期だ。
 夫は、ただただ理由を知りたくて、わずかな手掛かりを頼りに、やみくもに西岸地区の自分の親族やガリラヤの妻の親族や知人のところに押し掛ける。妻の自爆攻撃を支えたイスラーム組織と接触することはできるが、まったく相互理解の不可能なほどの価値観の断絶に行き詰まる。しかし、やがて、、、(ネタバレになるので、このあたりで失礼。)

 さて、この小説で印象深かったのは、イスラエル国籍で、生活に不自由もしてなくて、根っからの宗教の徒でもない女性が、しかし何らかのきっかけや背景によって、自爆に走りうるということ。そして、西岸の故郷を捨ててきた男性が、自爆した妻の行動や思考を知ろうとする過程で、普遍的人命尊重のみ信条とし「アラブもユダヤもない」という達観が、やはり自分の出自の否定や故郷の現実の否認でしかなかったのではないかと自覚するところ。
 もちろん、この対照的な男女の交錯は、いかにも小説ならではの巧妙すぎる設定であり、現実の複雑さを表現しようと意図からかもしれないが、かえって鮮明すぎる対照的関係は、単純にすぎるようにも映った。(わざわざこういう構図に頼らなくとも、複雑な現実はいくらでもあるのではないか?)
 また、小説内で気になったのだが、2002年を背景にしているにしては、登場人物らがあまりに自在にイスラエルとパレスチナの西岸地区のあいだを、そして西岸地区内部の各都市のあいだを移動している。これは現実にはありえない。第二次インティファーダが勃発したのが2000年であり、西岸地区はすでにイスラエル軍の検問所で寸断されていた(私自身、02年から2年間パレスチナ/イスラエルにいたからそれは断言できる)。にもかかわらず、検問所は一つも登場することなく、主人公の夫も、妻も、組織の人間も、自由に移動しているのだ(西岸地区の自動車がテルアヴィヴを走るということもありえない!)。
 著者はアルジェリア出身のフランス国籍者であり、他にイラクやアフガニスタンを舞台とした小説を書いている。つまりパレスチナ人ではない。もしかするとこの小説は、イスラエル/パレスチナについてメディアや書籍から得られた情報に基づいて書かれたのではないかと想像される。実際に02年頃に西岸地区を歩いていたら、こんな設定や描写は不可能だということに簡単に気がついたはずだ。その点で、リアリティが欠けているように感じた。自爆をめぐる価値観の衝突というところでは迫真的であったために、やや残念だ。

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ヤスミナ・カドラ

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