精神病と社会について具体的に考えるために――猪俣好正『こころに病をもつ人びとへ』

猪俣好正『こころに病をもつ人びとへ』七つ森書館、2008年

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 著者は、私の地元宮城県の県立精神医療センターに務める精神科医。この方とは個人的な面識はないものの、このお連れ合いさんが、仙台の市民活動なども活発にされており、そこではごいっしょしたりお世話になったこともありました。そういうこともあって買った一冊。

 現代日本社会について考えるためにも、ひじょうに有益です。が、最初にコメントすべきは、タイトルは内容と合っていません。精神病の人に読ませるためのものではなく、一般市民に広く向けられたもの。精神病やその患者や家族の実状、それに対する日本政府の施策の失敗と改善の歴史、なお残る制度の問題点の数々、社会にある差別や偏見、現代社会と精神病との関係、などなどについて、素人にもひじょうにわかりやすく書かれています。半分が講演の記録なのも読みやすい。
 つまりこれは、日本社会に住む人誰にでも読んでほしいと著者は思っているはず。タイトルは編集部の発案なのかもしれませんが、「こころに病をもつ人びと」にこそ読ませようという意図がわかりません。

 目次を挙げておきます。

第1章 精神医療の現場から
 精神医療の現場から
 精神医療の歴史的変遷とその背景
 「心の病」と「事件」

第2章 精神保健医療の現在
 「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を読む
 精神保健福祉法改正の歴史的経緯
 障害者自立支援法の見直しに向けて

第3章 家族の役割と患者さんへの接しかた

第4章 精神医療の携わるにあたって
 社会生活技能訓練の課題
 地域医療の一視点

 とくに、第1章と第3章が身近なものとして印象的でした。また、「こころ」の問題について、抽象的でなく、きわめて具体的に、医療の現場に即して論じられています。制度について、経済負担について、薬について、当人の苦しみと周囲の無理解のギャップについて、などなど。
 しかも、医療従事者の側の視点からだけでなく、患者の視点と、そして家族の視点にも、細やかな配慮をしています。たとえば、よくありがちな社会の固定観念は、家族にも共有されていて、それがみんなを追い込んでしまう。「働けるようになり経済的に自立すること」が治療の最終目標とされることが多いが、ほんとうにそうなのか。
 著者は日本社会の「働け」プレッシャーが過大だと警告します。それが退院をさらに遅らせるし、働かない者の疎外感を強めるし、家族による「お荷物」意識を高めてしまう。でも、一般的に言って、労働そのものが目標でない人もいるし、労働の形態だってフルタイムとは限らない。著者は、本人にも家族にも負担の少ない形での、ゆるやかな「自立」や「サポート」のあり方を丁寧に探っています。

 その他その他、現代日本社会の「心」に関する側面を考える入り口になる一冊だと思います。

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