軍事化に抵抗するために、歴史的機知と情熱を伝える、道場親信『抵抗の同時代史』

道場親信、『抵抗の同時代史――軍事化とネオリベラリズムに抗して』、人文書院、2008年

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 大著『占領と平和――<戦後>という経験』(青土社、2005年)の著者である道場さんの第二論集。
 前回、マサオ・ミヨシ『抵抗の場へ』を紹介したときに 、惑星主義へと超越することと地べたを這いずり回ることについて書いたが、道場さんの仕事は圧倒的に後者。
 道場さんは、社会運動の歴史と思想と課題について、本当に地道に掘り起こしを継続されており、講演などを聞くと心底熱い情熱を見せています。旺盛な著作活動にもその情熱が現れており、前作の大著『占領と平和』からわずか三年で二冊目の論集を刊行し、しかもまだ「戦後引揚者」に関する主要論考が単行本化されておらず、おそらく近いうちに引揚者をテーマとした三冊目が刊行されるのではないかと期待しています。

 さて、本書の内容ですが、まずオビより。
戦後日本の社会運動・市民運動は敗北の歴史であったかもしれない。しかし、そのさなかにも、強大な権力への様々な抵抗と、運動における人々の創造的つながりは確かに存在した。地球規模で亢進する軍事化とネオリベラリズムに抗うために、そして「もうひとつの社会」を構想するために、抵抗の記憶と痕跡をたどること。「国家の言うままにならぬという記憶」を分かちもつコミュニティの方へ...。


 以下に目次もあげますが、私が読んでもっとも印象的であったのは、まずは冒頭の論考二本。反基地闘争の展開と敗北の戦後史から、現在の軍事化の問題を捉えなおすというもの。沖縄の米軍基地の問題が、各地の米軍基地問題の歴史と現在に密接に関わっていることを感じさせます。
 宮城県の北部にも米軍と自衛隊が使う演習場がありますが、お世辞にも継続的かつ組織的な反対闘争ができたとは言えませんでしたし、また沖縄の問題へと人びとの目を向けさせることもできなかったと思います。そして毎年既成事実が積み重ねられていきました。
 戦後史を知るということと同時に、どこに抵抗の糸口を見つけることができるのか。
 本書は示唆的であるだけでなく、強い抵抗の意志と情熱をともに伝えようという意図に溢れています。

 また、戦争体験から現在の社会の保守化・右傾化までの流れのなかで、日本独特の戦後史に見られる「被害」(被害者意識)と「加害」(加害者としての自覚)の二重性について、単純に切り分けることなく、そのどちらについても丁寧に背景をさぐっていきます。靖国問題や「わだつみ」や原爆などに関連してです。道場さんの博覧強記ぶりだけでなく、繊細さにも心打たれました。

 なお、「ブックガイドーー「戦後六〇年」を再審する」は、論集収録としては異例ですが、便利です。すでにそこからめぼしい本を買ってしまいました。

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【本書目次】

序章 〈戦後〉そして歴史に向き合うことの意味は何か

第一部 軍事化に抗する戦後経験
 1 軍事化・抵抗・ナショナリズム――砂川闘争五〇年から考える
 2 世界大の戦争機械に抗して――基地闘争の変容と持続
 3 戦後史の中の核――原爆投下責任に対する「無責任」の構造

第二部 「加害」と「被害」の論理
 1 靖国問題と「戦争被害者」の思想――Not in our names!
 2 学徒兵体験の意味するもの――『きけわだつみのこえ』を読む
 3 拉致問題と国家テロリズム――東北アジアの脱冷戦化のために

第三部 ネオリベラリズムの同時代史
 1 「戦後」と「戦中」の間――自己史的九〇年代論
 2 ポピュリズムの中の「市民」

第四部 憲法と反戦平和――「戦後六〇年」の再審
 1 「普通の国」史観と戦後――自由主義史観について
 2 「普通の国」への抵抗
 3 「護憲」か「改憲」か?
 4 「郷土」なきパトリオティズム
 5 保守の崩壊とナショナリズム
 6 ブックガイド 「戦後六〇年」を再審する

終章 希望の同時代史のために――人々の経験と「つながり」の力へのリテラシー

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