坂口尚『石の花』、大型愛蔵版で登場――ナチス占領期ユーゴを舞台にした壮大なドラマ

坂口尚、『石の花』、講談社漫画文庫(全五冊、1996年)/光文社コミック叢書(全三冊、2008年)

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 早逝した漫画家で手塚治虫の弟子、坂口尚氏の最高傑作と言われる長篇漫画『石の花』。今年に入って、光文社コミック叢書として『坂口尚長篇作品選集』が大型愛蔵版で刊行され始めており、まずはこの『石の花』が全三冊で登場した。
 第二次世界大戦期のユーゴスラヴィアは、日独伊三国同盟側につくのかどうかで国内対立が生じ、ユーゴ政府は三国同盟に加入する決定をするも、反対派によるクーデターが発生し、それを契機にドイツ・ナチスがユーゴを侵攻、占領してしまう。そしてユーゴ国内の分裂や格差を巧みに利用し、分断と内紛を煽り、戦争は混乱と陰惨さを極めた。しかし、チトーを中心とした抵抗運動が力をつけて、ナチス占領に立ち向かう。
 『石の花』は、そうした時代背景に、戦争と平和、民族と差別、正気と狂気、暴力と支配、反逆と服従、などなど、この時代に垣間見えたありとあらゆる人間存在にかかわるテーマを盛り込んでいる。それを、多くの登場人物(ナチスの将校や兵卒、パルチザンの一人一人、二重スパイ、闇商人、強制収容所の囚人などなど)の展開する重厚な物語のなかで、見事に描き上げている。
 刊を追うごとに陰惨さは増し、読むのも疲れるが、圧巻は、「解放」の直前から直後にかけて。そもそも「平和」とは何か。平時と戦時は本当に対極にあるのか。抵抗戦争のなかで人殺しに手を染めながら平和を語れるのか。解放直後の報復的リンチ殺人や新体制下の秩序づくりを目の当たりにして、主人公はこの平時における「現実」のなかに戦争の原因があるのだと叫ばずにはいられない。
 「石の花」は、鍾乳洞のなかで永劫の時間をかけて形成された巨大な鍾乳石。坂口尚氏は、主人公たちの理性を最後の最後まで信じて描くが、「石の花」は人知を超えたものの象徴のように見える。ナショナリズムに基づく戦争の凄惨さを経た後に残りうる倫理は、そこにしかないとでも言うかのように。

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石の花 上 (光文社コミック叢書“シグナル” 11 坂口尚長編作品選集 1)
光文社
坂口 尚

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