『離婚後300日問題 無戸籍児を救え!』――政治を動かした毎日新聞のキャンペーン報道

毎日新聞社会部、『離婚後300日問題 無戸籍児を救え!』(明石書店、2008年)

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 「戸籍」という世界でも特異なイエ制度的家系登録制度について、どれぐらいの人が疑問をもっているのだろうか。戸籍は住民登録でも出生地登録でもない。事実、生まれてこのかた一度もそこに住んだことがない場所に戸籍がある人は、周りにいくらでもいるだろう。戸籍とは、歴史的には、天皇制と徴兵制と家父長制(長男による家督相続)を支える基盤として編み出され維持されてきた。
 といった事実はさておく。

 ともあれ、戸籍制度によると、法的な婚姻関係から生まれた子どもとそうでない子どもとは決定的に区別される。「嫡出子」か「非嫡出子(=私生児)」か。戸籍主義者たちからすると、法的な婚姻関係以外からは子どもが生まれるべきではなく、いかなる事情があれども、法的な婚姻関係以外から出生した子どもは、そのような烙印を戸籍上に残したいらしい。戸籍とはそもそもそういう役割なのだから。繰り返すが、戸籍は現住所も出生地も何ら関係がない(皇居や霞ヶ関ビルを便宜的本籍地にしておく人も多い)。
 そうすると、かなり杓子定規で机上の空論にすぎない法的規定というものが存在する。「離婚後300日以内に生まれた子どもは前夫の子とする」という民法の規定だ。平均的な妊娠期間は260~290日とされるため、法的には最長期間のほうで規定したということらしい。
 しかし、この規定を適用すれば、1:離婚してから別の男性との子どもを妊娠しても300日規定に引っ掛かることが十分にありうる。2:離婚が円満にできないケースはいくらであり(夫の暴力や失踪)、それで300日規定に引っ掛かることがひじょうに多い。1のケースよりも2のケースのほうが圧倒的に多いらしいが、いずれにせよ200日規定で引っ掛かる子どもは、推計で年間2800人は生まれているらしい。
 ほとんどの場合は、やむをえず「前夫の子」として出生届を出すという不本意なことを強いられている。が、出生届を出せない/出さないケースもある。そうすると、子どもは「無戸籍」になり、住民票もつくられず、社会的に存在を認知されず、さまざまな不都合を受ける、、、

 この問題を毎日新聞がキャンペーン報道で取り上げていったのは、2006年12月から。本書は08年7月までの主要な記事をもとに編集したドキュメントである。
 私自身、無戸籍児をかかえていることもあり(事情は後述)、この一連の報道は注視してきた。最初の記事から大きな反響があったというが、私も記者宛にメールを送った一人だ。ただ、そのメールは、記事に対する共感とか驚きとかといったものではなく、記事のなかで取り上げられていた無戸籍児について、「健康保険にもはいれず、保育園にも学校にも行けない」と書いてあったことに対して、「そんなことはない!」と伝えるためのものであった。「私の子どもは戸籍がなくとも、国保に入っているし、認可保育園にも入っている。小学校から大学まで戸籍など何ら関係ない」と。
 このメールをきっかけに、毎日新聞の記者とも連絡が取れ、無戸籍児をもつ知り合いを紹介し、その取材に同席もした。
 私の周囲には、長い市民運動の付き合いから、戸籍問題や福祉問題に詳しい友人らが多く、そのサポートもあって、孤立することなく役所と交渉して、国保もとったし、それにともなって児童手当ももらえている。
 しかし、本書を読むと、実際、役所の窓口では、戸籍をとらないことが犯罪でもあるかのように(「ペナルティ」と言い放った役人もいる!)、国保や就学を拒否するケースがある。それこそ法的根拠のない犯罪・差別なのだが。

 ともあれ、国保や就学の問題をクリアしても、最終的には住民票、参政権、旅券、といったところは解決しない。結局は窓口交渉ではなく、法的措置が必要になる。
 毎日新聞の継続的な報道が、徐々に政治を動かしていった。まだまだ不十分ではあるけれども、少なくとも、離婚後の妊娠については「現夫の子」として出生届が出せるようになり、この1年で500人以上の子どもが救われた。また、旅券についても、無戸籍状態でも、300日規定の抵触が原因でかつ戸籍認定を求めて提訴していることを条件に、発給が認められた。
 いずれにせよ、ひじょうに狭い条件のなかでだが、わずかに道は開かれた。粘り強い報道が、政治を動かした好例だと思う。

   *   *   *

 「まだまだ不十分」と書いたけれども、それは私の子どもにはまったく適用されないからだ。
 いわゆる事実婚。出生届には、「非嫡出(=私生児)」欄にチェックを入れろと言われ、それを拒否した。父親欄には何も書くな、とも言われた。「婚姻届を出していなければ、父親は誰かわからないのです」、と。
 へー、じゃあ法的な婚姻関係にある二人のあいだでしか子どもってできないんだ。婚姻関係にある二人の子どもの父親は、一切なんの証明もなしに、その子どもの「実父」であると言い張ることができるんだ。そんなもの、自己申告でしかないだろ! だったら私にも自己申告させろ! そうは言ってみたけれども、法の壁は厚かった。
 非嫡出欄の未記入を主たる理由に、出生届は三たび不受理で戻された。
 本当は、自分で行政訴訟をおこすべきなのだろう。が、そんな時間もお金もない。
 ただ、いまのところは、戸籍などなくても何にも困っていない。国保もはいれたし、認可保育園にもはいれた。小学校など、通知が来ない分、かえってどこの学校にでもこちらから選んで入れてやることができる。
 問題は、参政権と旅券。投票権は20歳からだから、それまでに状況が改善していればとも思う。旅券は、その前にほしくなるかもしれない。これも、それまでに政治が動いていてくれれば、そのためには毎日新聞にもっと頑張って踏み込んでもらえれば、などと他力本願なことを考えている。

 毎日新聞の報道だということもあり、毎日新聞には力のこもった書評が出た。いまのところはサイトで全文が読める。末尾の部分から引用しておこう。

 今、普通に考えるなら親子関係の決め手はDNAだろう。しかしDNAが親を決める--つまり生物学的に親が決まるとしたとたんに、根本的な問題に直面せざるを得なくなる。結婚していたって、配偶者以外の子どもも生まれることもあるのでは? 代理母や人工授精では? じゃあ結婚って何? 親子って何? 戸籍って何? と家族制度の基本問題に突入していかざるを得ない。・・・
 しかし、本ではそのことを正面からは議論していない。こういう困っている人たちがいるじゃないか--あくまで問題を具体的に積み上げ、普通の生活をしているつもりだったのに理不尽な目にあう人たちを描き出す。
 最初、この問題で婚姻制度の話に進まないのは不十分だと思った。でも、もし理論的に突き進んだのなら、キャンペーンは成功しなかっただろうと、本を読んで思いなおした。
 困っている少数の人たちの苦痛や状況を、多数の人はなかなか想像できない。・・・政治家だって司法の専門家だってそうである。それを納得できる形で多くの人に伝えるという点で、メディアにかなうものはない。・・・
 本は、どちらかに落ちそうになる細い道の上を何とかバランスを取って歩いた軌跡という気がする。「現実の子どもの幸せ」を優先した姿勢が、社会に何歩かの具体的な進展をもたらしたことを評価したい。


 ひじょうに共感すると同時に、少しずつ範囲を広げていけたら、という思いもある。

【附記】
 私の子どもの戸籍問題については、早尾貴紀・皆川万葉「戸籍から見える世界」(『季刊前夜』第4号「〈女たち〉の現在」、影書房刊、2005年)を参照。
 日本の戸籍制度と「国民」規定の問題や差別の問題については、早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだーー民族/国民のアポリア』(青土社、2008年)の序章を参照。

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