日本軍「慰安婦」問題への一視座ーー山下英愛『ナショナリズムの狭間から』

山下英愛『ナショナリズムの狭間からーー「慰安婦」問題へのもう一つの視座』、明石書店、2008年

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 本書は、日本軍による「慰安婦」問題についての総体的な考察の書であるが、歴史的な知見においてはとくに目新しいものはない。しかし、貴重な視座を提供している。特徴的なのは以下の点だ。
◆「日本人」と「朝鮮人」を両親にもつ著者が、自らのアイデンティティの問題と格闘しながら、「慰安婦」問題に実存的に取り組み、考察を重ねてきたこと。
◆日本に生まれ育ち、韓国に留学し10年もの長きにわたって住んだことによって、両方の視点を内部から熟知していること。

 とりわけ、韓国内部における、「民族」と「性/ジェンダー」という大きなイシューが、いかに衝突し「民族」の名のもとに「性」の問題が人権意識から長く欠落してきたのか、そして近年になっていかにこの二つが相克しつつ、ともに重要であると認識され、両者の理論的統合がいかに試みられるようになってきたのか、このあたりに利点がある。

 また、「自分は日本人なのか朝鮮人なのか」というアイデンティティの問いから「慰安婦」問題に切り込む姿勢にも共感を覚えた。私自身には、直接的に複合したアイデンティティの問題はもっていないつもりであるが、しかしその自明性を問い直そうと、10年も前に私自身、論考「「従軍慰安婦」問題における暴力のエコノミー」(『現代思想』99年6月号)を書いたときの問題意識も、これと近いところにあった。「日本人・男性」と「朝鮮人・慰安婦」とは、しかし、「国民主義」と「家父長制」と軸にして、対極に配置されているのではないか。そうであれば、自分が「日本人の男性」として規定されること、あるいは自己規定することは、「慰安婦」に作用していた暴力と無縁ではないのではないか、と。

 ぜひ一読を。

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序章 ナショナル・アイデンティティの葛藤
 一 「朝鮮人」として
 二 ナショナル・アイデンティティの悩み
 三 韓国留学と「慰安婦」問題
 四 「挺身隊」問題の浮上が示すもの

第一章 日本軍「慰安所」制度の背景――朝鮮の公娼制度
 一 公娼制度実施の背景
 二 朝鮮人売春婦に対する公娼化政策
 三 公娼制度の確立
 四 公娼制度の展開

第二章 日本軍による性的暴力の諸相とその特徴
 一 性的暴力の類型と特徴
 二 「慰安所」制度の土壌
 三 性的暴力の構造

第三章 韓国女性学と民族
 一 女性学の成立と“民族”問題
 二 日本軍「慰安婦」問題をめぐる“民族”議論
 三 アジア女性学への視点

第四章 韓国における「慰安婦」問題の展開と課題――性的被害の視点から
 一 「慰安婦」問題の展開と民族主義
 二 「慰安婦」と公娼
 三 性的被害とは何か

第五章 韓国における「慰安婦」問題解決運動の位相――八〇~九〇年代の性暴力追放運動との関連で
 一 民族民主運動と性暴力追放運動――八〇年代の女性運動
 二 性暴力追放運動の質的転換――九〇年代の女性運動
 三 「慰安婦」問題解決運動の位相

終章 ナショナリズムを乗り越えるために
 一 「慰安婦」問題とナショナリズム――二〇〇〇年法廷後の課題
 二 日・韓ナショナリズムと「慰安婦」問題――朴裕河著『和解のために』をめぐって
 三 排除と差別に抗する視点