早尾貴紀:本のことなど

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zoom RSS 村上春樹のエルサレム受賞騒ぎが一段落したあとに、藤井貞和『湾岸戦争論』を読み返す

<<   作成日時 : 2009/04/07 12:51   >>

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藤井貞和、『湾岸戦争論――詩と現代』、河出書房新社、1994年

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 この1月に作家の村上春樹がイスラエルによるエルサレム賞を受賞して、行くのかボイコットするのかということが世間で話題になり、また結局行ったその授賞式のスピーチで、村上春樹がイスラエルを一定批判したけれども、それがよかったのか不十分だったのか、といったようなことで、もうひとしきり世間は盛り上がりを見せた。2月いっぱいぐらいで議論は終息しただろうか。3月に入ってもポツポツあっただろうか。
 ともあれ、4月で新年度にもなり、当時いろいろ騒いでいた人たちにとっても、大方はすでに過去の出来事になったであろうし、また、もう数年前の出来事だったのかのように急速に記憶から薄れていくだろうと思う。

 その受賞騒ぎのときに、それについてどう思うかと聞かれたことが何度かあった。面と向かって聞かれたときには、多少は思うところを伝えもした。けれども、メーリングリストやらウェブサイトやらではとくに何も意見表明も応答もしてこなかった。
 理由としては、第一に、正直なところたいして関心をもたなかったから、というのがある。高校生の一頃に初期の著作を少しばかり読んだことまでは否定しないが、村上春樹への関心はとうの昔に急速に薄れてしまった。まだ世間からこんなにも読まれているのか、そしてその発言もこんなに注目されているのか、ということに驚いた。まあ、ガザ侵攻のことがあった時期だから、その注目度が数倍したというのはあるだろうけれども。

 授賞を受けるのか拒否するのか、授賞式に行くの行かないのか、ということについても、もちろん個人的には断固行くべきではないと思っていたけれども、同時に、あの作家はどうせ行くだろうと思っていた。受賞スピーチで、「行くなという声もあったけれども、自分はひねくれ者だから、それでかえって行こうと思った」というようなことも言ったらしいけれども、くだらない照れ隠しの言い訳だ。反対の声がなくても当然行ったのだから、反対の声があってもなくても、彼は必ず行くはずだった。むしろ彼は反対の声があがって注目されていることに快感を覚えていたことだろう。

 スピーチの内容についても、期待以上にイスラエル批判に踏み込んだ、とか、まったく甘くて不十分だ、とか、いろいろな意見が周囲でも飛び交っていた。だいぶ中途半端な印象はあるけれども、でも、あんなものではないかと思う。イスラエル批判を込めないよりはマシだったかどうかも分からない程度にお茶を濁したような発言が、せいぜいのところ。
 村上春樹は、たんにパレスチナ/イスラエルについて無知である。新聞かテレビの報道に少し触れた以上のことは何も知らないだろう。知らない人間が発言すれば、背伸びをしても、おのずとあの程度のことしか言えない。それは自明のことだろう。
 たとえば、彼が言及したらしい「ロケット」のこと。パレスチナ側=ハマス=ロケット、とでも捉えているのか? イスラエル、アメリカ、日本の傀儡となっているファタハ中心の自治政府があり、また、停戦妨害をすべく、ガザ地区にいるファタハ系のセクトがむしろロケットを飛ばしているという一面。また、イスラエルのコラボレーター工作員が一発飛ばしただけで、「停戦違反」を口実にイスラエルは大規模報復爆撃ができるという一面。
 世間でスピーチの是非をめぐって交わされる議論のなかに、かりに善意のものであれ、しかし、「ロケットを飛ばすハマスの側も悪いけれど」というような保留があるのが、前提となっている認識の水準を示している。「自分は親イスラエルでも親パレスチナでもないよ(あるいは村上のスピーチについても単純にどっち側に引きつけて読むわけではないよ)」、というスタンスをアピールせんがために付け加えられるこの「ハマスのロケットも悪いけど」というのが、かえって露呈させる無知と単純化。

 そういうところで、村上春樹の言葉遊びに関わりたくない、という気持ちもあったし、もちろん物理的に忙しくて世間の議論をフォローする余裕もなかった、ということもあって、この問題については沈黙してきたし、これからもそう。

   *   *   *

 ところで、文学と政治、あるいは文学と戦争、といったテーマについては、すでに大きな論争がいくつかあった。言うまでもなく大戦中からある。そして比較的新しくは、今回紹介する本である、藤井貞和『湾岸戦争論――詩と現代』(河出書房新社、1994年)を中心とした、1991年の湾岸戦争をめぐってであった。
 このとき、『現代詩手帖』などの雑誌上で、詩人として藤井貞和と瀬尾育生を中心とした大きな論争があった。藤井貞和は、詩は戦争を前にして無力なのかと、徹底して自問自答し、創作をし、そして敢然と論争をした。瀬尾育生が批判を加えた。またこの論争とは別に、文学者の反戦書名というのがあり、それを冷笑していたヒョーロンカとかいう加藤典洋が、藤井−瀬尾の論争に横槍を入れて、「瀬尾のほうが正しい」と言い放った。これが藤井の怒りを買い、結果として、この本が出来上がった。藤井貞和は自分なりに総括し、主として瀬尾育生と加藤典洋に対する反論をきっちりとまとめることにしたのだ。

 その論争がどういうものであったのかは、本書を読んで、さらに関心があれば、図書館などで当時の雑誌を探してほしい。
 今回の村上春樹のエルサレム賞受賞騒ぎで気になったのは、そして改めて思い出したのは、この91年の第一次湾岸戦争のときの論争以来、文学者だとか作家だとかいった人たちのなかに、戦争や政治をめぐる議論そのものがものすごく稀薄になってしまったということだ。ガザ攻撃についてだけではない。91年以降これまでも、戦争は世界各地で絶えたことはないし、それが先進国・大国の責任から免れているものなどない。
 ろくでもない発言を見聞きさせられるのも苦痛ではあるけれども、まったく議論がないということのほうがもっと気持ちが悪い。

 もちろん、「知識人」だとか「文人」とされる人たちの発言に何かを期待しているということではなく、結局は自分がどういう判断をしどういう行動をするかということでしかないわけだし、その意味では、村上春樹の受賞とスピーチをめぐって、世間でちょっとした騒ぎがあったのは(つまり各自がそれぞれの立場でものを考え議論をしているというのは)、もちろんないよりはよかったのかもしれない。ただ、文学者の発言を「待望」しているような空気だけは違和感があるけれども。村上春樹騒動でたまたまパレスチナに関心が向いた人たちが、その後もパレスチナへの関心を持続させていくことを願うばかりだ。

 ともあれ、ものを書くことを職業としている人たちが、揃いも揃って内向的な言葉だけを紡いで沈潜していく傾向にあるというのは、どういうことなのか。湾岸戦争をめぐる一大論争がトラウマにでもなっているのか。あの論争は何を残したのだろうか。

 村上春樹エルサレム賞騒ぎが一段落して、また忘れ去られつつあるいま、再度、藤井貞和『湾岸戦争論』をはじめとする当時の論争を振り返ろうと思った。

【追記】
 藤井貞和は、この十数年後に、続編の論集、『言葉と戦争』(大月書店、2007年)を刊行した。こちらも紹介したので、ぜひ。

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